それはもう目線だけで

 体が言うことを聞くまでの間、エレノーラの作業ぶりに言葉を失っていた。


 エレノーラは端末を操作していなかった。何かしらを操作しているのは確かだった。エレノーラの周囲をホログラムのような画面が覆っているからである。それぞれの面の上を何かがうごめいている。階段からの距離でははっきりと捉えることはできなかったが、正体が分からないだけ気味が悪かった。


 三六〇度が画面になっていることもあって、時折彼女の顔が将斗のいるところから見えた。その都度将斗は震え上がった。たった一瞬の視線であったとしても何時間もはげしく責め立てられたかのような。ひょっとしたら気を失ってしまうかもしれないほどだった。


 手を動かすことはせず、視線をあちこちに向け、中空の数多ある画面で何かをはいずり回らせている。鬼気迫る視線とともに。


 だから、エレノーラに近づくときは一つも音を立てないよう忍び寄って、いざ声をかけるというときになったときは心臓が変になって気持ちが悪くなった。


「大変な目に合わせてしまったね。ごめんなさい」


 だから、ホログラムを一瞬でかき消して立ち上がり、深々と頭を下げるエレノーラにはびっくりしてしまった。


「エレノーラさんが頭を下げることじゃないです。今回はなんというか、変な事故に巻き込まれたようなものですし」


「そういうわけでもないんだ。私がここにいればトリアンナの不調にも気づけたはず。そこが相手の付け入る隙になった。元を正せば私の責任でもある。それに将斗、実のところは死にかけていたんだ」


「え、自分がですか?」


「トリアンナが間をつないでいたからなんとかなったんだ。限界よりもはるかに多い魔力を使ったんだ。心臓も止まってた」


「え……とにかく、自分は大丈夫ですから」


 頭を下げたままとんでもない言葉を口にするエレノーラである。対する将斗は思わず手首に指をあてた。指の腹に感じる一定のリズムを感じる。しゃべることもできている。ひとまず生きてはいるようだった。


「大丈夫なものか。当面の間は仕事をしなくていい。体をゆっくりと休めるんだ。日本に戻ってもいいが、こちら側で静養したほうがいいと思う。魔法で治療したからね、魔力が周りにない日本だとどうなるか読めない」


「それは分かりますが、今の案件はどうしますか。トリアンナさんもきっと動けないでしょうし」


「気にしなくていいよ。当面は私がここで対応するつもりだし、欠けた二人の分の補強はもう調整してあるから。あとは申し訳ないけれど、休む前に将斗が押さえている状況を共有してもらっていいかしら」


「はい、エレノーラさんの方の状況も知っておきたいので」


 対面に腰を下ろして将斗が知り得ている内容を説明するが、ほとんどのことをエラノーラは知っていた。おそらくはトリアンナからも引き継ぎをしていて、彼女の証言を追って確認しているような感じだった。


 唯一奇妙だったところは端末を暴走させて壊すあたりのできごとだった。


「つまり、会話がかみ合っていないような感じがあって、それからひどく落ち込んでいる様子だった、と。将斗も話を聞く分には落ち込む程度のものではないね」


「なにも仕事に手がついていない、という感じでした。いや、それだと語弊がありますね。端末を冷やして直そうとしていました。だからこそ霜帝がお風呂なんて誘ったのでしょうが」


「あのクソトカゲ」


 エレノーラの口からぼそっとこぼれた言葉が怖かった。


「トリアンナが言う分にはもっとトリアンナが悪いことをしてかのような悲観的な話だったんだ。これはちょっとまずいかもしれない」


「まずい、というと」


「呪い。魔術よりももっと潜在的で厄介なやつ。どこかでトリアンナは仕掛けられたのかもしれない」


「呪い……? あの時点でってことですか。ですが、呪いってかけないといけないわけですよね? 一体どこから」


「分からない。でもそれが事実なら」


 エレノーラはおそらくは視界の端であろうところにモニタを出現させる。透けて見えているのはまるでウイルススキャンを行っている画面のようだった。上部で大量の文字列が目まぐるしく動いていて、下半分には何もリストされていない表。


 エレノーラの額には汗がにじんでいた。汗ばむような気温ではない中、連想するのは解析処理を行ったメジリウスの汗である。


「追い詰められているのは私達のほうかもしれない」


 目で追うことのできない速さで文字が流れてゆく中、真っ赤な文字が画面に浮かび上がった。画面下の何も表示されていなかったところにぽつ、ぽつ、と追加されてゆく。


 表示されているのはファイルパス。先頭はいずれも同じ場所を指し示していた。


「将斗! 一番右側にあるラック二台のサーバをすべて隔離!」


 悲鳴のような声と同時にエレノーラの周りを画面が覆い尽くした。画面が重なりすぎてエレノーラの姿がかすんで見えた。


「この2つですよね!」


「そう! 早く抜いて!」


 それぞれのラック――サーバーを収める棚の背後に周り、ネットワーク用ケーブルを引き抜いてゆく。どのサーバーのケーブルを先に抜かなければならないかなんて聞く余裕もない。質問する余裕もない。


 一刻も早く、危険なネットワークからサーバーを守らなければならなかった。


 サーバー1台につきケーブルが3本。2ラック分しめて12台分。ラックの後ろでしだれる色とりどりのケーブル。


 指差し確認で抜線を確認。ひとまず隔離ができた一方で、本当に大丈夫かどうかという不安だけが将斗に残る。


 エレノーラの画面が示していたことは、ファイルサーバに何らかのウイルスあるいはそのたぐいがいたということだった。ファイルサーバーはメジリウスの手下が連携してきた場所である。いったいいつからつながっていた?


 エレノーラは画面を操作しつつチャットで状況を伝えているらしかった。コトはこの農園に築かれたオフィスだけでなかった。このオフィスが接続しているところ全てにおいて、ファイルサーバーに入っていた悪意が手を伸ばしているかもしれないのだ。

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