異世界課会
フロアに一人だけ。あるのは十数台のサーバが発するファンのけたたましさ。
トリアンナのことはきっとメジリウスが対応してくれる。戻ってきたときのために将斗はできることをこなすのみである。
生成されたファイルは第一ステップも半ば。端末を壊すほどのプログラムをメジリウスの力でなんとか動かしたが、それだけである。得られたのは原石、分析をして初めて意味を持つのだ。分析う結果が芳しくなければ再びメジリウスに手を借りなければならない。
ファイルサーバ上に産み落とされたファイルをダウンロードしつつ分析ソフトを立ち上げようとメニューを開く。しかし検索しても目当てのソフトは表示されず、メニューを上に下にスクロールしてもお目当ては見つからず、それでようやく端末をだめにしたことを思い出した。
日本にいた頃にダウンロードしたソフトだ。
異世界のぶどう畑の一角でどうして用意ができようか。
ブラウザを開けば、しかし、見覚えのある検索ポータルは表示されるしソフトのダウンロードサイトも表示できる。さすがにダウンロードする速さはもっさりしているけれども。本当にどうして。
「本当にどうして」
誰も答える人がいなくとも、口からこぼれ出てしまうものである。
それからは発する言葉もなく、信頼できない進捗バーが少しずつ色に埋まってゆくのをぼうっと眺めていた。時折思い出したようにブラウザでネットサーフィンをする。日本のどこかで選挙が行われているらしかった。
進捗バーが最後の悪あがきをしているところで出入り口に物音が起きた。トリアンナたちが戻ってきたのかと顔を上げて見たところ、農園にそぐわない服装の人物である。黒いスーツ。細長い耳がぐるりとこちらを向いていた。
「エレノーラさん、お疲れさまです」
「ひさしぶりね。だいぶ放って置いてしまったけれど変わりないかしら? 特に体調は大丈夫?」
「大丈夫ですよ。皆さんによくしてもらってますし」
「ところでトリアンナは」
「メジリウス様と外に。いつ戻ってくるかは分からないですね」
「まあ、霜帝のお相手といったところならしょうがないか」
エレノーラは将斗の横を音もなく通り過ぎて、隣の島の一角に腰を落ち着けた。用件を伝えることなしに何かを始めようとしている様子。もしかしたらトリアンナには先触れがあったのかもしれない。そして農園チームには情報共有がされている、と。
将斗は何も知らない。トリアンナからは聞いているのは端末が熱暴走しそうなときは魔法で冷やすというノウハウのみだった。エレノーラのことは一言もなかった。
しかし、現にエラノーラが来たのは事実である。モニターに映される分析結果を整形したグラフ、背後の上司に挟まれて腕を組む。おそらく将斗に求められるのは現時点での状況。スケジュールがあるわけではないから予定よりも進んでいるのか遅れているなんてありえない。そうなると今の状態を将斗の理解で報告するほかない。
とはいえ胸を張って言えることも報告する事柄も限られている。思案はあっという間である。
しばらく元の分析作業を勧めていたところで、エレノーラの声がかかる。
「そろそろ時間だ」
今日は本当にキョトンとすることが多かった。
「えっと、時間って? もしかして、何か忘れています?」
「何って課会じゃない。昨日の夜にリマインドの連絡を送っていたはずだよ」
「実は端末が壊れてしまいまして。今はトリアンナさんが持っている端末を借りているのですが」
「トリアンナから聞いていない?」
将斗が答えれば、課長はボソリと毒づく。
「まあいい。そろそろつなぐからこっちに集まって」
エレノーラの背後で一つの像が結ばれる。モニタの液晶部分だけが宙に浮いているような感じである。そこには久々に見る顔――保守担当ディーバの姿があった。背景的から察するに本局のデスクにいるらしい。
こちらに向けて手を振ってしゃべっているようだが、音声は届いていなかった。
ディーバの出現を皮切りに追加で二つの画面が現れた。画面にはそれぞれ複数の人が並んでいるようにみえた。一つの画面は日本局であったことのある面々、もう一つは全く覚えのない人たちだった。
日本人の顔を見るのはいつぶりだろうか。
「さて、では始めようか」
将斗は慌てて会に望む。エレノーラの隣に席を移動しようと端末をつかみ上げたところで、しかしその席はエレノーラのカバンが鎮座していて、人が一人入り込む余裕はなくて。結局持ち上げた端末を自席に戻して体だけを宙に浮かぶ画面へ向けた。
異世界で初めての課会。
しかし終わってみれば将斗にも覚えのあるものだった。各メンバーのストリーミングがモニターの中ではなく空に漂っている点を除いては。メンバーの出欠確認から始まり、会社からの連絡事項。将斗が初めての出席ということもあり、将斗の軽い自己紹介と将斗と面識のないメンバーの自己紹介。それから課全体の収益の共有、各現場の状況報告。
トーバー商会チームの報告は求められなかった。
会がお開きになってそれぞれの画面が消える中、ディーバのモニターだけはそのままだった。写っているのはオフィスの様子だけ、離席しているのであろうと思っていたら横から滑り出てきた。彼女は残像のまま通り過ぎて消えてしまった。数秒の後に姿を取り戻せば、両腕に黒い箱を抱えていた。
「十分か十五分ぐらいしたら始めよう。トリアンナが戻ってくるかどうかは分からないが」
「はいはーい」
両手にシルケンスを抱えたまま、窮屈そうに手だけを振ってみせた。
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