領都ドセン

 異世界人が盛り上がっている中端末をいじり始めていた将斗。カレンダーアプリを見てあることに気づいた。


 エレノーラから指示された振替休日を取得していなかった。激動の一週間の波にさらわれてすっかり忘れていたのだ。指示としては今週中に取得するところだが、あいにくと平日の最終日。時すでに遅かった。


 そもそもこの世界の平日と休日は同じなのだろうか。


「でしたら、我が家に招待しましょう」


 やたら盛り上がっている一行にまったく関連のない話題をふりかけた結果、トリアンナが即答で回答するのである。


「一度父と話をしなければならないと思っていましたの。わたくし一人で参ろうかと思っていましたが、そういうことであれば一緒に行きましょう。領都はそれなりに広いものの、四日間であればそれなりに楽しめるでしょう」


「おそらくだが、あまりよい収穫はないと思うぞ」


 そう口にする青年メジリウスはうんざりした顔だった。端末の画面から見上げたときにはまったく異なる姿になっていてぎょっとしてしまう。メジリウスはただエイモンを指差すだけだった。それだけで十分だった。


「父も父で何かしているかもしれません。まさか無策だとでも?」


「しかし、我を頼っている以上、うまくいかなかったとは想像できないか?」


「でしたら、それを確かめるだけでもよいでしょう。まあ、ついでとでも思えば」


 というわけで、再びドラゴンの背に乗って川沿いに広がる円形都市を見下ろしているのであった。


 デーバリー領都ドセン。人口おおよそ二十万。Y字に分かれる川を中心に生まれた街で、古くから川と海をつなぐ水運の要所だという。北方、南方、そして東方は以前話題に上がったドーブルの港に行き着くのだとか。


 その中の一角、Y字で言う上の部分に他とは異なる場所があった。他の箇所と比べて明らかに広い整えられた土地、大きな建物、いくつかのまばらな離れ。言われずともそれがトリアンナの向かう先だと理解できた。


 霜帝はその姿のまま広大な敷地の一角に着陸した。白い石が一面に敷き詰められた空間はまるでヘリポートだった。石畳にすみにはすでに二人の男性が控えていた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「急な先触れは申し訳ありません。こちらは同僚の将斗。わたくしの客人として領都を観光させて」


「お伺いしております。伯爵はいつでもお会いすると」


「分かりました。まずは部屋に案内を。わたくしと霜帝メジリウス様は父と」


 将斗とトリアンナたちとで二手に分かれた。将斗が案内される場所とトリアンナ・霜帝が案内される場所はどうも異なるらしい。家主の娘がとくに抗議しないのだから特段おかしいことでもなかったのだろう。


 ひときわ大きな屋敷の横をかすめて大きく曲がって庭を散策するような形になる。きれいに整えられた低木が腰ほどの高さの仕切りになっている。石で舗装された道は黒光りしている。光の当たり方によっては将斗の靴底を反射していた。鏡になるほど磨かれている。


 手入れの行き届いた庭園の先にあるのは屋敷に比べればこぢんまりとしているものの十分すぎるほどに大きい邸宅だった。将斗一人に対して割り当てられるものにしては大きすぎた。


 邸宅を担当する使用人の女性が話をするには葡萄館という場所らしい。トリアンナが生まれたことを記念して建てたのだとか。子供が生まれただけで離れの館を建ててしまうのはさすが領主、と言ってよいのだろうか。


 一人で過ごすにはあまりにも広い邸宅。通された部屋もまた大きかった。日本局で割り当てられた寮の何倍も広かった。横にベッドを何基も並べられるほど、部屋の一角にはテーブルセットがあつらえてあった。壁際には背より一回り高いタンスが二棹並んでいる。


 家具の少なさが一層部屋の広さを強調している。


 使用人が退出して一人になると余計に広さが身にしみる。むしろ広すぎて落ち着かなかった。気がついたらスマートフォンをいじろうとしていたけれども電波は圏外。そりゃあそうだ、異世界である。本局では当たり前のように使えるのを不思議に思うべきなのだ。


 電波がなくてもスマートフォンでできることを探しているうちに戸を叩く音が耳に入った。使用人が戻ってきたのだろうと思って顔を上げたら、別行動をしていたはずのトリアンナが立っていた。右手にはぶどう酒の瓶、左手にはグラスが二脚。


「随分と速いんですね。話し合ってたんじゃないんですか」


「わたくしとしてもこれほどまで実りがないとは思いませんでした」


「霜帝が言っていたとおりだったと」


「はい、多少なりとも得られるものがあると思っていましたが。むしろわたくしのほうが情報を教えることになってしまいました」


「あのプログラムのことですか」


「まさしく。ただ、父の思惑も分かったのでそれは収穫です」


「わざと情報を集めていないと?」


「いや、表向きは霜帝に任せるみたいです。商会に勘付かれると領に入る資金が減ってしまうので、伯爵としては地下組織を中心に調べるとのことでした」


「領主は地下組織、霜帝は商会。まあ分担としてはありですね」


 椅子に座るなりトリアンナはグラスを紫で埋めた。相変わらずの手の速さ、もう一脚のグラスに酒を注ぐことなく手元のグラスに口をつけていた。


 将斗には見覚えのある光景だった。


 すでに三分の一が消えている瓶を掴み取るともう一脚の空きグラスに酒を注いだ。グラスの四分の一にも満たない量にとどめた。グラスだけを見れば将斗が手にしているそれの方が貴族令嬢らしいというか。


 将斗はすぐには口をつけず、グラスを回して紫色が揺れるのを眺めた。


「ところで、これからはどうしましょうか。思ったほど情報が得られなかったんですよね」


 将斗が一口つけたときにはもう一方のグラスは空になっていた。


「その、将斗がよろしければ、一緒に街を見て回りませんか」


「一緒にですか? それはまた、確かにこちらで過ごすのははじめてなので案内があるのは助かります」


「実はわたくしも寄りたい場所がありまして。今日はお疲れだと思うので明日にしましょう。このあとはゆっくりお休みください。何かあれば使用人に。夕食は父が一緒にとのことでした」

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