あっちこっち
なんと言えばよいか、その――将斗はその場から離れたい気持ちでいっぱいながら、離れたところでどこに逃げ出したらよいのかも分からず、ただその場で嵐が過ぎ去るのを待つのみの心境だった。
とにかく、目の前の会話が。
「どうしてあなたが生きていているのですか。しかも霜帝メジリウス様の間諜なんてなさって」
「これもなにかのご縁なのでしょう。私とておひい様に会えるとは思えませんでしたから」
「でしたらどうして、開口一番あのような真面目くさった言葉が出てくるのですか。わたくし、ひと目見た瞬間に分かりましたよ、あなたがエイモンだと」
「まさか覚えているとは思っていませんでしたから」
「そのようなわけがないでしょう! それになんですかその言葉遣いは! 気味が悪くてしょうがありません」
将斗はメジリウスと一緒になって固まっている。二人で盛り上がってしまっている理由に思い当たるところがないのだ。ちらりと少年に目線だけ送れば彼も同様に将斗に視線を送っていた。
「なあお前、何か知ってるか?」
顔を寄せてささやき声の問いかけだけれども、将斗こそ霜帝に質問したかった。
「その言葉の使い方、まるでそれなりに礼儀を知った男のようじゃありませんか」
「私だって伊達に年を食ったわけじゃありませんよ。こちらのほうがいろいろとやりやすい場面が多いので」
「ああ! 見てくださいこの腕! 鳥肌が立っていますの」
「おひい様、人前でそうやって腕をまくらないでください」
「あー、その、ちょっといいか?」
ついさきほどまで困りきっていたドラゴンは意を決したらしい。
「二人のしている会話についていけていないのだが。いやなに、二人が過去に関わりがあったことはついさっき聞いたのだが、どうしてもそれだけには思えない」
「霜帝メジリウス様は気づいておられないのですか」
「一体何のことを言っている?」
「この者のことです。はじめデラーと名乗りましたが、本当はアーモリー村のエイモン。見てくれこそ男ですが乙女なのです」
「乙女?」
「そうなのですよ。料理と裁縫が得意で馬に乗るのは苦手。馬と仲良くするのは得意なのに乗ろうとしたらすっかり怯えてしまうのですよ」
「おひい様、それは言わない約束でしょう」
「『こんな高いところに乗るなんて怖い、お馬さんも可愛そう』なんてこの男に言われてみてください」
間者だったはずの男はトリアンナの横で顔を覆い隠している。両手で覆っていても面長の顔を隠しきることはできず、はみ出た箇所がすっかり赤くなっていた。
「やめてください」
小さく呻くような声はすっかり死にかけだった。
霜帝は背もたれに体を預けて天井を見上げた。意味もなく見上げる目の虚ろさ加減は何も言わずとも感情を物語っている。
「お前、デーバリー家に対する間者だったんじゃないのか。すっかり弱みを握られているではないか」
「それはその、おひい様が可愛らしすぎて」
「だからといって年端もいかない子供に魔法を見破られるのは気を許し過ぎではなくて?」
「その年であたしの監視魔法を見破ってしまうほうが普通じゃないの! 毎日新しく監視魔法の『目』を放っても夕方にはおひい様が袋に集めて持ってきてしまうのだから。まるで虫採り少年みたい!」
「ほら皮が剥がれてきましたでしょう?」
デリーなのかエイモンなのか。どう呼べばよいのか。とにかく乙女な男を手のひらで指し示すトリアンナが薄ら笑みを浮かべていた。取り乱したりしてやったりな顔をしたりひどく忙しなかった。恥ずかしいエピソードを暴露された腹いせなのだろう。貴族の人間がすることなのか。
何を思ったのか、急に顔の覆いを取り払った。顕になる顔は呆けるような、目の焦点がどこに定まっているのか分からない状態だった。ややあってからおもむろに顔が動く。目を向ければよいだろうに、黒目を動かすことはせずに顔を動かして視線を動かすのだ。
視線が止まる先には少年。大きな乙女は少年に詰め寄った。
「まさかあたしを解雇するだなんて言わないでしょうね? 素のあたしを知ったからといってそんなことしないわよねめーちゃん」
「人前でその呼び方はやめろと言っているだろ。その喋り方も! 我がその程度のことでお前を放るわけがなかろう。まだやってもらわねばならぬことがある」
「待ってあなた霜帝メジリウス様をそのよう呼んでいるのですか」
「やはりそう思うであろう。こやつに言ってくれないか、その呼び方はやめるように」
「エイモン、なんて無礼を働いているのですか」
「いいじゃない、こんな見た目をしているめーちゃんが悪い」
間者はメジリウスに長い腕を伸ばすが払いのけられてしまう。少年の手の甲には赤い鱗がびっしり、腕にも続々と生えていた。
「我はお前というやつが怖くなってきたぞ。やはり解雇してやろうか」
「霜帝メジリウス様、とりあえず今は使うだけ使って、役目を終えたら消しましょう」
「おひい様もひどい」
一人放置される将斗。異世界人が仲良くしている中、いよいよ日本人は蚊帳の外である。話の中身をとっても脱線に脱線していて意味があるとも思えなかった。
バッグの中を漁る。とりあえず一人でできることで思いついたのは端末の設置だった。
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