情報漏えい

 農園のサーバールームが新しい職場で仕事は不穏な動向の調査。こんな仕事が舞い込むことはこれからもないであろう。


 しかし着任して何をやるのかを知らされていないというのは時折経験するものである。とりあえず現場に行ってそこではじめて具体的に何をするのかを聞かされる。今の将斗はそれよりもひどい状況だった。ざっくりとさえ聞いていないのだから。ドラゴンが使っている間者から話を聞かない分には何もできなかった。


 時間を持て余している間は端末の更新とポストグレスで遊んでいた。まさかと思って操作をしてみたら端末に導入していたポストグレスのクライアントで接続してみたら当たり前のように動いた。日本で導入したプログラム。魔法で動くポストグレス向けではないはずなのだが何事もない。流システムという会社は思った以上にえげつない会社かもしれなかった。


 さて、今度は端末でどこまでできるかと試し始めていたところで少年がやってきた。背後にはようじのような男が付き従う。ただ来ている服装はしっかりとしていた。詰め襟の白シャツ。細く格子模様の入ったベスト。無地黒色のパンツ。体が細くなければ様にならない組み合わせだった。手にはベージュの手提げかばん。


 名前はデラー。


「お二方に助力いただけるとお聞きしています。当方あまりこの手のことは詳しくないものでして」


「こちらこそよろしくお願いいたします。我が領で抱えている商会が関わっているとのこと、わたくしとしても対処しておきたいところです」


「デーバリー伯爵のご令嬢でしたか。大変失礼しました」


「構いません。あくまで技術者、令嬢としてこの場に来ておりません」


「ありがとうございます。では早速、現時点で私が確認できている情報をお伝えします」


 彼がかばんから出したものは一冊のノートだった。いや、ノートと言うよりも紙を紐でまとめたものとしたほうが正しいか。厚さはまったく感じられない。将斗がメモのために持ち出したメモ帳のほうが厚かった。


 誰それがナニナニを話していた。


 誰それが誰それとつながっているようである。


 渡された端末の情報。どういうシステムに接続した。


 そのような内容が数ページに渡って書き連ねられているだけである。そう、それだけ。何らかの考えを持って整理されているわけではなくただただリストアップされた状態である。


 いらないとまでは言わない。だが、満足できなかった。


「霜帝メジリウス様、失礼を承知で申し上げます」


「どうしたのだ急に改まって」


「この方は潜入調査の経験をお持ちですか」


「もともとは他の領で間諜を担当していた」


「それはあれでしょうか。領主に反する存在がないか監視するような目的でしょうか。それとも雇い主の家に有利に働く人材を探す目的でしょうか」


「そこまでは踏み込んでいない」


 いきなり始まる面接はまるでパートナー会社の要員を投入するかどうかを決める面接だった。パートナー会社はつまりは下請け。社外から追加する人員が案件の対応ができるかどうか評価するのである。


 それを始めてしまうトリアンナ。目が怖い。


「トリアンナさん、とりあえずその話は置いておきませんか」


「将斗さん、なりませんよ。本当に使えるお方なのかは見極めなければなりませんでしょう」


「分かりますが、しかし今は情報を共有しましょうよ」


「情報? これがですか?」


 トリアンナの放つ言葉の意味が将斗には分からなかった。霜帝が用意した人物が出してきた内容には満足できないとはいえ、質はおいおい上げていけばよいと思っていた。初回なのだからこのぐらいだろう、初対面でいきなりディープな話をするのは中々難しいものである。


 しかしトリアンナはすでにその水準を求めている、システム屋の目にはそう映った。どうして初対面の人に対してそれほど厳しい目を向けることができるのだろうか。


「情報としては原石ですが、わたくしが申し上げたいのはその点ではないのです。この程度しか情報を集められない? 間者として経験されているのでしょう? ありえません」


「えっと、じゃあ、もっとできるはずなのにできていないから怒っているんですか」


「怒ってはいません。わたくしたちにちゃんと情報を提供する気があるのかを確かめたいのです。手を抜かれては困ります」


「だとしたら次回の成果を待ちませんか」


「ですから今確認できることを確認したいのです。この男はこの程度の実力じゃありません」


 将斗とトリアンナが問答している横で突然笑い声を上げるのは間者デラーだった。


「さすがはデーバリーのおひい様。まずは手始めにこの程度と思っていましたが失礼でしたね。お許しください」


「謝罪ではなく結果を求めています。それで、今回はどれぐらい『放って』いるのですか」


「ざっと百は巡らせていますよ。とりあえずは私の観点でめぼしいところに放っています。今日の打ち合わせで追加なり絞り込みをしていこうと思っていたんですよ。まさかおひい様が出てこられるとは思っていませんでしたが」


「それはわたくしのセリフです。どこかで捕まって表には出られなくなったのだと思っていました」


 はじめて会うはずの二人があたかもはじめてではないかのような会話を繰り広げている。すっかり置いてけぼりとなっている将斗だったが、あたりを見回すともう一人戸惑っている顔をしているのがいた。少年の顔がトリアンナと連れてきた間者との顔を行ったり来たりしていた。


「ちょっと待ってくれないか。まるで互いを知っているようではないか」


 空気感に耐えられなかったドラゴンが思わず会話に割り込んだ。


「ええ霜帝メジリウス様。決して親しい関係にはありませんが。決して! この者とは残念ながら面識があるのです」


「親しくないだなんてひどいいいようではありませんか。私の目には日々楽しげにしていたじゃありませんか」


「それは、それはわたくしがまだ一切を知らなかったものですから」


「で、どうして知っているのかを尋ねている。回答によっては人選をやり直す」


「ええ、ちょっと待ってくださいよ。まだまともに仕事できていないのですから。このタイミングで放り出すなんてやめてくださいよ」


「それはお前とトリアンナとの関係によるぞ」


 どうしてだろう、霜帝とデラーの横でトリアンナが耳を赤くしているではないか。少しうつむいて目をそらして空気になろうとしている。そのままにしていたら席を外してしまいそうな雰囲気さえあった。


「関係だなんてほどじゃありませんよ。私はただおひい様のおむつを交換したりおねしょを伯爵や伯爵夫人にばれないように――」


「あー! 言います、わたくしの口から申し上げますから黙っていてください」


「ええと、我の耳にはらしからぬ言葉が聞こえたのであるが」


「……この男は以前、わたくしの世話係兼教育係だったのです。隣の領の間諜としてデーバリー領の監視をしつつ、わたくしの世話人をしていたのです」


 ややあって、トリアンナの顔がますます赤くなるのだった。

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