仕込まれたもの

魔力訓練とデバイス

 朝イチの打ち合わせは、何と言うか、打ち合わせという名の説教大会だった。何があったのかをトリアンナ本人に話させ、原因も求める。さらには人の時間を丸二日潰した事に対する意見、などなど。顔や腕に絆創膏や包帯を巻いているトリアンナに将斗は目を丸くするものの、本人とエレノーラはさも当たり前のように話をしていた。


 打ち合わせの内、将斗に関する話はごく数分だった。トリアンナの謝罪、午後三時頃から定時まで例の訓練をする旨。担当はエレノーラの知人。ごく数分の話しだった。


 さて、仕様変更の対応のため設計書を修正していたら訓練の時間となってしまった。異世界で表計算ソフトのセルを方眼紙に見立ててドキュメントを書くとは思わなかった。そのようなソフトが出回っているとは思わず、書くならば単純なテキストにどういう処理をするのかを書いていくものだと想像していた。あるいは、そもそも設計書という概念がないかもしれない、とも。


 どこの会社が作ったソフトなのかを確かめてみれば聞いたことのない会社。きっと想定していない使い方で不本意だろうに。


「都賀将斗はいるか?」


 響くハスキーな声に将斗が反応する。声の主はフロアの出入り口に立って腰に手を当てていた。


 少年が。


 見たことのない少年がどうして将斗の名前を呼んでいるのか? ここは職場で子供がいるような場所ではなかった。


 頭のてっぺんから下までが白いのである。雪のように白い髪。服装も白を基調としたつめ襟、というか白い学ラン。靴に至っても白いものだった。色白の肌に真っ赤な目がぎらぎら光っていた。


「俺がそうですが」


「そうかお前だな。エレノーラからの頼みだからな、我が出迎えに来てやったぞ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 将斗はデスク下に置いてあるバッグを持ち上げれば視線が自然に隣のデスクへ向けられる。トリアンナは将斗と同じく仕様変更の作業をしているはずだった。しかし彼女は端末に向かっていなかった。何をしているかと言えばその場で片膝をついて頭を下げていた。小説などでみる、王を前にするかのような振る舞いだった。


 将斗にその意味は分からなかった。ただただ不思議に思う程度、振り返って少年の元へと行こうとしたが。


 振り返ったところに少年がいて。


 気がついたら土曜日に見た光景が目の前に広がっていた。突然の事態に将斗はあたりを不審に見回すことしかできなかった。違和感を覚えなかったのが違和感だった。自分自身はそのままで、周りがそのまま入れ替わったかのようだった。


「さて少年、ちょっと手を貸してもらうぞ」


 落ち着きのない将斗とは対象的に白学ランは何食わぬ顔で手首を掴んだ。手首を掴まれた瞬間から将斗の腕に鈍い痛みが一定のリズムで駆け巡るようになる。低周波マッサージ器を付けられたかのような痛みは波があった。何か通った程度の感覚であるものもあれば、学ランの手を振りほどくなりたくなるような痛みもあった。


 振りほどこうとしたところでその腕を動かすことすらできなかったが。


「ふむ、なるほどな」


「何が分かったのですか」


「エレノーラが我に頼んでくるのも頷けるな。これは下手なやつには任せられない」


「エレノーラさんも言っていましたが、何なんですか。俺はこっちの人じゃないのに」


「だからこそだよ。こんなに過敏なのにまるでコントロールできていない。じゃじゃ馬も聞いて呆れる。何もしないで一月もこちらで過ごしたら立ち上がれなくなるぞ。よくて車椅子生活、大概は寝たきりかこの世とお別れじゃ」


「え、死ぬんですか」


「そんなことさせるわけなかろう。お前の魔力の過敏さは繊細さにもつながる。魔力を細かく扱うことができるということは才能に他ならない。エレノーラはこれを感じ取ったのじゃな。まあ任せろ、我に抜かりはない」


 少年は手首から手を離すと同時に何かを握らせた。将斗が手のひらを見下ろせば、そこにはピンポン玉ほどの大きさの石だった。少しばかり歪んでいるところがあるが、自然にできたものと思えばずいぶんときれいな球体だった。黒い色なのだが、透明感が強かった。まるで深い湖を球体に閉じ込めたようである。表面のあたりは透明感を強く感じるのだが、奥にゆくほど底が知れない。石の中には無限の黒が広がっているかもしれない。そう思わせた。


 どうしてだろう、石の存在を意識した途端にピリピリとする。


「あの、これは何ですか。ちょっとしびれるんですけど」


「そいつはちょっとした細工をした魔石でな。本来ならちょっとしたマッサージに使うような品物なのだが」


「マッサージ器が訓練に関係が?」


「お前には大ありじゃ。魔力で動かすマッサージ器の『不良品』。絶えず魔力を発して刺激を続けてしまう、なのに力加減の調整は難しい。製品としては売り物にならないが、お前の訓練にはぴったりだろう? 刺激に弱いお前を絶えず刺激する。きちんと制御しなければマッサージには使えない」


「この石を四六時中身に着けていればいいのですか」


「やることは三つだ。一つ、刺激を常に受け続ける。コレは言ったとおり、ずっと身に着けていればよい。二つ、マッサージ器として使う。弱い刺激から石のような肩こりをほぐすような強さまでコントロールするんじゃ。三つ、魔石が常に放つ魔力を封じ込める」


「訓練なのにマッサージとは」


「侮るんじゃないぞ。そいつは『不良品』、ちょっとでも扱いが狂うとまともに動かないからな。ひょっとしたら爆発もあるかもしれん」


 嫌な言葉を聞いてしまった。将斗の口が歪む。手の中のピンポン玉が爆発することを想像して、フロアの惨状を重ねてみた。どう考えても腕がなくなる未来しか思い浮かべられなかった。腰のポケットに入れておけば体は真っ二つだろうし、胸ポケットに入れれば頭が吹き飛ぶ。


 絶対に手を狂わせてはならない。


「では、どうやればコントロールできるんですか。魔力を扱ったことなんて一度もないのですが」


「そうだな、魔力を浴びた時の感覚を覚えているか? エレノーラに聞いたぞ。人の魔力にやられて吐いたって。その時に体内で感じたものがあるのではないか?」


「今まで感じたことがないものでした。体内の肉が勝手にうごめいているような感じ」


「それが将斗にとっての魔力を動かす感覚なのだろう。魔力を動かしたことがないのであれば気持ち悪くのも当然だろうな」


「あれが魔力を動かす感覚ですか」


 将斗の口がまた嫌悪に歪む。


「まあそんな顔をするな。一週間もすれば息をするように魔力を動かすことができるようになる。慣れってものだ。そんで魔力を手に集めて、石になじませてゆく。その時の魔力の強さでマッサージの強さが変わるんだ」


「一気に力をいれたら」


「ちょっとした事故だな。なに、当面はそんなことにはならないだろうし、片腕ぐらいなら我がいくらでも元通りにしてやろう」


 物騒な発言をする少年に将斗の顔が引きつった。しかし彼は意に介する様子もなく将斗の手を両手で包み込んだ。手の中には例の石も入っていた。


「まずは感覚を掴むところから」


 ほんの少しの違和感と共に石がわずかに震え始めた。

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