二足のわらじ的な

 結論から言うと、将斗の休日はなくなった。


 意識を取り戻してはじめて目にした光景がつい最近みたそれとてんで変わらなかった。だからこそ何が起きたのかはすぐに理解できた。


「またか」


 息をするかのように声を漏らしてしまうのである。


「申し訳ないね」


 しかし、ドアを開けてやってくる人物は将斗の予想を裏切った。てっきりトリアンナかローローが運んでくれたものかと思っていたが、目の前にいる人物はどう見ても上司だった。


 そういえば全身の感覚ははっきりとしていた。


「えっと、どうしてエレノーラさんがここに? 俺は確かトリアンナさんに」


「ええ、トリアンナとローローの件は申し訳なかった。あいつらに悪気があるわけではないんだ、許してほしいとは思わないが理解はしておいてほしい」


「許す許さないの問題じゃないですし、俺は気にしていないのですが。それよりもこれ、休日出勤になりませんよね。勤怠の扱いはどうしましょう」


「本当はだめだが振替扱いでいい。来週二日間、どこかで休みを申請しておいて」


「二日? どうしてですか」


「日本局の時間で言うとすでに日曜日の夕方だ。まる一日以上意識を失っていたことになるな」


 そう、休日はなくなった。異動してきて最初の週、変化する環境に馴染むための大事な休みがなくなってしまった。振替休暇の言質は取ったとはいえ、最初の休日を全部使ってしまったのがショックだった。やりたいことがいくつも合ったのだ。買い出しはもちろんしなければならなかった。あたりの施設を見て回るのも、ヴァイセルンにでかけてみることだって考えていた。


「最初の休日なので、いろいろやりたかったのですが」


「コレばっかりは後の祭りってやつだね。せいぜいあの二人にお灸をすえるぐらいしかできなかった」


「まあ、振休がもらえるのであれば十分ですが――」


 将斗が言いよどむのは直前の記憶が原因である。将斗の休日は魔法の訓練という名目で潰されてしまった。訓練らしい訓練はしていなかった。この調子だともしかしたらまた休日が訓練の名のもとに消費されてしまうかもしれない。訓練らしい訓練をせずに倒れるなんてことは避けたい。


「来週も訓練があるようなことはないですよね?」


「ああ、そのことなんだがな」


 エレノーラの言葉が引っかかる。勘がビンビンに反応している。


「訓練自体はやってもらうことにした」


 休日が。


「ただし、休日にはやらせない。平日、半日を訓練に当ててもらおうと思ってる。半分仕事で半分訓練と言った感じ。これならむやみに残業しないで済むだろう」


「そもそも訓練は必要なのですか」


「間違いなく必要。この部署で働く以上は魔力との関係は切り離せないもの。ローローではないけれど、ちゃんと訓練さえすればそこらへんの連中よりも魔法の適性があると踏んでいる。長い目で見ればこっちのシステム屋として十分やっていけるだけの潜在能力はある」


 将斗の頭にまず浮かんできたのは、どうしてこの人はよい評価をしているのであろう、という点だった。正直なところあまり仕事らしい仕事をしている感覚がなかったのだ。爆発事故の後のプログラム修正は仕事と言うよりも肩慣らしという感覚だった。


 そもそも、作業をしている時にエレノーラはフロアにやってきていたか?


「買いかぶりすぎじゃありませんか。こっちに来てまだ間もないですし、魔力に当てられるとすぐ具合が悪くなってしまうし」


「これでも魔法使いの適性を見る目はあると思ってる。以前はお抱えの魔法使いってやつをしていたからね」


「お抱えの魔法使いと言うと、国とか領主とかの専属ということですか」


「いいや、業務委託案内所とか商会の所属を兼任していたぐらい。所属しているところから仕事を斡旋してもらって対応したり、若手の教育係をやったり。時には依頼として魔法の講師をしたこともある。実は将斗と同じ症状で苦しんでいた方がいてね、講師としていろいろ手助けしていたらえらい力を発揮するようになってね」


 つまりは、能力を爆発された過去の誰かしらに近い傾向があるから評価をしている、と。勘と経験、と並べればベテラン感があるものの、結局のところは根拠のない根拠だった。将斗の口にした言葉は的を得ていたのである。


 買いかぶり。


 しかし考えてみれば、目の前の女性がそれほどまでの経験をしているように見えない。若い、という言葉を当てはめるにしては不相応な経験に思えた。何十年も人を見てきたならわかるが、見た目に『何十年』という月日は感じなかった。


「それじゃあ、申請を忘れないようにね。それと、明日は本局の方に出勤を。朝イチで当面の過ごし方を打ち合わせしましょう」


 ぼうっとエレノーラの経歴を考えている内に彼女は背中を向けた。そのままドアに向かうと思われたが途中で姿をくらました。目の前にあるのは誰もいない空間、将斗一人の病室。歩く足音も聞こえない。あたかも始めからエレノーラがこの場にいなかったかのよう。


 将斗は目をしばたたかせた。


 いったん考えるのをやめよう、と頭のスイッチを切ってベッドから足を出した。今日の残り――部屋に戻って、それから食堂か敷地内の居酒屋で食事にする予定へ関心をそらすのだった。

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