魔力部門の奴らはやばいのしかいない

 見知らぬ女性の視線は将斗に釘付けだった。


 廊下側に顔を出して固まること数秒。視線、というか顔を将斗に固定して歩いてくる足取りは気持ち早かった。見つめるという言葉では足りない。将斗に注がれる視線はもはや見るという言葉では言い表せないほどの執着を感じさせた。


 彼女の動線を遮るようにエレノーラが前に踏み出した。何かを感じたのだろうか、しかし将斗にはまったく見当がつかなかった。


「その子だれ?」


 見かけによらないハスキーな声だった。


「うちの部署の新入りよ。あっちの世界の」


「へえ、あっちからの子なんだ。あのじいちゃんもいい人選するね。ねえ、その子ウチにも回してよ」


「無理に決まってるでしょ。彼は私の部下。そもそも、彼には日本で暮らしていたのよ。こっちの生まれじゃない」


「その才能をたったそれだけの理由で潰したくない」


 突然肩を叩かれた将斗が振り向けば。誰もいなかったはずなのに、小ぶりの女性が立っていた。エレノーラと会話をしていたはずのその人、エレノーラの正面にいたはずなのに、将斗の後ろを取っていた。差し伸べられた手はエレノーラに比べて一回り小さかった。


「私はトーベルのローロー。あなた素質がありそうだからうちのところに来ない?」


「ロー!」


「何よ、本人の意思を確認してるだけじゃない」


「部署の所属はあなたの権限じゃないでしょ」


「君の部署の後始末を今しているっていうのにそんなこと言う? だったらもう後始末しないからよろ」


「それとコレとは別だし社内の魔力関連トラブル対応はあなたたち『が』担当でしょうに」


「あー、もしかしたら君の部署の魔力供給が断線とかでトマッチャウカモナー」


「だったら正攻法で話をすればいいじゃない。それなら文句の言いようもないでしょう」


「そんなまどろっこしいことできないよ」


「じゃなければこの話は終わり。ほら、私達も手伝うから。というかフェルミたちはどうしたの?」


「あ! そうそう、爆発に巻き込まれて気を失ってるんだよ」


「それを早く言いなさい!」


 エレノーラは慌てて扉の方へ歩みを進めたが、急に立ち止まったかと思えば回れ右して戻ってくる。将斗の真ん前に立ち止まれば中腰になって将斗の手を取った。かと思えば腰を立たせて将斗を引っ張り上げた。男友達に引っ張り上げられたかのような力強さには言葉が出なかった。


「さて将斗、どうもこっちの仲間の紹介はできそうにないらしい。とりあえず後片付けの手伝いと間抜けな顔を覚えておいて欲しい」


「そうらしいですね」


「あと、将斗のためにも言っておくけれど、魔力部門の連中はあまり関わらないほうがいい」


「えっと、それはどうしてですか。今回も駆けつけてくれているのでは」


 後ろから『ちょっと聞こえてるんですけどー!』と声が聞こえてくるが、エレノーラはまったく意に介さない。


「やばいから」


「やばい?」


「そう、よくも悪くもやばい奴らが集まってる。本局の中でも屈指の魔法の使い手か、奴隷として電池扱いの連中がいるような場所。相手にするとろくなことがないからな」


「まさに今相手にしているような気がするのですが。あと奴隷って」


「そう、だから気をつけなさい。勝手が分からないうちは事務的にとどめておくことね」


 話をしているうちに出入り口を通った。あの恐ろしい手が現れたところだ。しかし将斗はそのことを思い出す余裕がなかった。目の前の光景のインパクトが強烈だったからだ。


 日本のフロアにある金属のデスクとは異なり、木材で組み上げられたデスクが並んでいるが、一角だけ崩壊していた。複数のデスクが島のように固まっているはずなのに、四つほどのデスクが倒壊してしまっている。机上に会ったであろう書類や本、端末が瓦礫の一部と化してた。恐らく仕事の合間に飲んでいたのであろう飲み物が床にこぼれていた。


 爆心地を囲むようにして倒れているのが二人。一人は壁へもたれかかるようにして気を失っていて、一人は隣の島のデスクに頭を突っ込んでいた。血の気配はないものの、見るからに物騒な光景だった。爆発というものがどれだけの威力だったのかを静かに物語っていた。


 エレノーラが机の元にしゃがみこんだのを見て、将斗は壁際に歩み寄った。目が痛くなるほどの赤毛は確か、歓迎会の時にひときわ浮いていた人だった。とにかく賑やかで少し治安が悪そうな雰囲気の酒場だった中、両手でコップを持ってちょっとずつ酒を飲んでいた。


 エレノーラに抱えあげられている女性を振り返った。淡い色のワンピースを見て、そうしてから正面に戻れば。赤毛の着ているものは手が込んでいるふうに見えた。単色ではなくてステッチのパターンが縫い付けられていたり飾り布がつけてあったりしている。仕事で着る服装か?


 とにかく、大丈夫なのか確かめなければならなかった。肩を叩かずとも意識がないのは分かっている。そっと方に触れて頭に手を当ててみた。赤いものが手につかないよう祈りつつ、触ってわかる異変がないかを確かめてゆく。


 むやみやたらと体を触るわけにも行かなかった。頭部の異変がないのを確かめてから肩を掴んで体を少し倒した。背中におかしなところもなくて床や壁に赤いシミが生まれていなかった。


 ゆっくりと体を壁に戻したところ、『目が合った』。まんまるに開いた栗色の目が将斗の視界の真ん中に現れた。


 声が出ない将斗。


 見る見る間に真っ赤となる相手の顔。口をパクパク開けども言葉は出てこなくて。


 終いに相手は将斗に両手を突き出した。触れた瞬間の感触こそほとんど力を感じなかった。しかし一テンポ遅れてやってきた衝撃の凄まじさは何なのか。口から胃のものがジェット噴射される。一瞬の内に出入り口そばの壁に激突した。


 当然、将斗が意識を保っていられるわけもなかった。ただ、エレノーラの言葉は間違っていたという確信があるだけだった。魔力部門の奴らだけがやばいのではない。

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