ヌルポインターを踏むと爆発する
いろいろと驚かされながらの歓迎会だった。よくある物語の中では居酒屋と言うか酒場と言えばギルドに併設されて荒くれ者が大騒ぎするような場所である。あるいはドレスコードが厳しい上流階級向けの店。けれども将斗が目にしたのは半個室のスペースとタブレットやスマートフォンのような端末で注文を受ける店員だった。
料理や酒こそ見たことのないものだったが、それでも違和感なく歓迎会が終わったのである。
ただし、ビールのような見た目をしていた酒が思った以上に度がきつかったらしい。翌日、将斗は目を覚ますよりも先にひどい頭痛を感じたほどだった。朝食のために朝から一階にあるコンビニへフラフラになりながら出向き、軽食とウコンを買ってフラフラになりながらエレベーターに乗る。さっさと朝食とウコンを済ませて二度寝でなるだけ体調を回復させて、フラフラなまま出勤。
エレノーラ以下歓迎会で顔を合わせたメンバーの大半は平気な顔をしていた。平気でないのは日本人のメンバーだった。
仕事としてのコンディションは悪いものの、将斗の目下こなさなければならないのは端末のセットアップで大した迷惑にはならなかった。ただただ手順をこなすだけだから考える必要はなく、手順書に書いてある内容さえ理解できれば済むこと――なのだが。
「ドードーさんすみません、これ、エラーになってしまうのですが」
「ん? エラーメッセージはどう出てる?」
隣の席の異世界人にヘルプを頼む姿があった。手順をこなすにも手順を正しく読み取るだけの思考は必要である。
「手順間違えてるね。前提になるやつが入ってない。一度アンインストールして手順をやり直して」
ちゃんと読めば理解できるミスを秒で指摘されて頭を下げる将斗だったが、頭を下げる度に脳が揺れるのだった。かれこれ五回目だった。ドードーの話によれば、歓迎会翌日の新入りは大抵ひどい状態になるらしい。異世界の料理とか酒を体が受け付けないのかもしれないと言っていたが、将斗には酒が原因としか思えなかった。
二日酔いの将斗がてこずりながら何とか端末の設定を終えたのは昼休みが開けてしばらくしてから。エレノーラに作業の完了を報告すると、彼女はノートパソコンを閉じて立ち上がった。
「それじゃあ薄い端末を持ってついてきて。入ってもらう現場のところに行くから」
「行く、ということはヴァイセルンで客先常駐ですか」
「いいや本局。まあ、昨日会っている連中だから心配することもないさ」
バッグに端末と電源ケーブルを突っ込んでエレノーラの後に続いた。道すがら案件の簡単な説明を求めれば、将斗の入る案件はとある商会の在庫を管理するシステムだという。まんま日本でもあるようなシステム、やっていることは本当に変わらないのだという印象だった。
しかし、それも本局の魔法陣に降り立つまでの話だった。まだ見慣れない光景が目の前に広がった途端、耳に入ってくるただならぬ騒がしさと鼻につく焦げ臭さが戸惑わせてくる。状況はまったく飲み込めていないが、本能が危険を訴えかけてくる。
なのにどうしてだろう、エレノーラは平然とした様子だった。事情を知っているかもしれないと思えば、自然と説明を求めてしまうものである。
「あの、これは一体」
「多分大丈夫でしょう。どうせ誰かが爆発させただけだろうし」
「爆発って大事じゃないですか。避難しましょうよ。いったん魔法陣を戻ってしばらくしてから」
「気にしないことね。ここで扱っている程度であれば建物が吹き飛んだり街が消えたりすることはないから。優秀な魔法使いがいるからその手の防御は鉄壁」
「えっと、話の内容がちゃんと理解できないのですが」
「魔力の圧を強くかけた状態でヌルポを出すと魔力が暴走して爆発することがある」
「ごめんなさい、まだよく分からないです」
「処理性能改善などの理由でプログラムを動かすための魔力を強くした状態で、ヌル参照例外が発生してそれをちゃんと処理できていないと魔力が暴走するの。その結果がドーン。たまに属性つき魔力が必要なプログラムもあって、その時は属性に応じた暴走。闇属性の魔力が必要なプログラムでヌルポした時はやばかった」
ヌル参照例外。通称ヌルポ。ヌルというのはプログラムが参照することはできるけれども、然るべきデータが入っていない状態。例外はプログラム上での問題。つまりは、『プログラムとしては使うつもりの場所だけれども、データがちゃんと入っていないからおかしな動きをしましたどうしようもありません!』という問題。『ヌルだったらこうしてください』といった処理があれば問題ないのだが、それがないとプログラムが落ちる――異常終了してしまう。
将斗の知るプログラムではヌルポは異常終了するだけだ。しかしこちらのプログラムは爆発を起こす。エレノーラはそう口にした。
「魔法をプログラミングして、うっかりヌルポでプログラムが落ちると爆発するんですか」
「そういうことになるね。とは言っても、よっぽど変態じみた処理を書いたり処理性能を追い求めたりしない限りは起きないから気にすることはない」
「でも爆発するんですよね」
「起きる時は起きるものさ。ビクビクしていたところで魔法なんて書けない」
肝の据わった物言いをするエレノーラに対して、将斗は前の現場で発生したヌルポの数を思い出そうとした。
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