第3話
今朝のソーセージの残りと玉子焼きを穴ボコくんに出してやれば、目を輝かせてこちらをチラチラと見ながら頂きます。と言った。
「どうだ、美味しいか?」
穴ボコくんの前に座ってそう問えば激しく頷いて見る見るうちに皿から食材が消えていく。
どれだけお腹が空いてるんだとくすりと笑えば重大なことに気がついた。
穴ボコくんぬいぐるみ脱がないで食べてる…。
穴ボコくんの口らしき部分にものが運ばれては消えていく。あんな小さい口からどうやって中に入れて…。
そこまで考えてから想像するのをやめた。
「ご馳走様です!」
空になった皿を回収して洗面台に置く。
「美味しすぎるっす!柚崎のお兄さんは天才っすか!?」
穴ボコくんが遠くからそう叫んでいる。
そう言えば柚崎の知り合いなんだったなと思いながら穴ボコくんの前に座った。
「ー…いや、誰でも作れると思うけど」
そう返すと、頭を掻きながら穴ボコくんは明るく言った。
「俺、20区の人間ですから。柚崎と同じ」
その言葉を聞いて、口を閉ざす。
20区。魔力持ちの迫害が最も酷く、魔力持ちなら殺してもいいと考えている人間が住むところ。
魔力持ちが産まれたら殺しても捨てても許される迫害地区。
「あ!大丈夫っすよ、俺も柚崎と同じで別の地区の人間に拾われたんで…まあ、その人間は料理が出来なくて毎日インスタント暮らしですけど。20区に住んでたから…料理も何も出来ない俺をあの人は優しくしてくれました」
「そうか…であの人とは?」
問いかければ机をバンバン叩いた後、頭を下げた。全く何をしたいのかが理解出来ない。
「あれ、知らないんですか?」
何もなかったかのようにそう言ってきて、この場に柚崎がいないのが酷く辛かった。
「んとですね、川内って言えば分かりますか?」
「川内?刑事課の?」
「そうですそうです。最近は誰かに呼び出されてて家には帰ってこないんですが。あっ!この仕事はどうか内密にお願いします」
そう言って頭を下げてから周りを見渡し始める。そして金木の服を見ながら言った。
「渡したの俺ですけど、いつ着替えるんですか?」
その言葉で今の自分の格好を思い出し、顔を赤く染めながら自分の部屋へと走った。
そう言えば、スーツはどこに行ったのだろうか。
それと入れ替わるように柚崎が入って来て、椅子に座った。
「りゅうが来るまでに聞きたいことがある」
真剣な柚崎の様子に穴ボコくんも真面目に頷いた。
「お前の知っている蒼井加奈子の容姿について細かく教えてくれ」
そう言えば穴ボコくんは顎に手を当ててうーんと唸った。数秒して穴ボコくんは口を開いた。
「黒髪、傷んでない黒髪で珍しいなって思って、でもドライヤーとか使わないと作れないような綺麗なロングヘアーだったよ。それと…うん、柚崎のお兄さんと同じ澄んだ目を、澄んだ黒い目をしていて…口調は柚崎と同じだったよ」
「俺と同じ?」
「うん、すっごい生意気だった」
その言葉を聞いた柚崎は無言で穴ボコくんを殴ったが、穴ボコくんはそのダメージを完全にきぐるみで受け流していた。その前にも蹴られていたがあれも痛みとして認識されていなかった。
「柚崎すぐ手が出る悪い癖だよ。ー…でも、蒼井さんはその口調は作り物感がして…それに目も作り物みたいで…」
柚崎は穴ボコくんと同じ様に顎に手を当てて悩む。そんな柚崎を見つめながら、穴ボコくんは蒼井加奈子の姿をもう一度思い浮かべた。金木の足音が聞こえ始めた時柚崎は口を開いた。
「やっぱり…同じだ」
何が?と返答する前に金木がやってきて柚崎の隣に椅子を持ってきて座った。
金木は着替える前と同じようなスーツを着てきた。
「さて、穴ボコくんが二つの殺人現場に居た理由を教えてもらおうか」
金木がそう口を開けば、穴ボコくんは手をブラブラさせた。
「あれ、穴ボコくん緊張してる」
柚崎が指摘すると穴ボコくんは激しく手を振り出した。どうやら図星らしい。
そのブラブラさせたまま穴ボコくんは話しだした。
「お父さんには絶対に言わないで」
ブラブラを止めて真面目なトーンで続ける。
「俺の力は他者の未来が見える。未来が見えるといってもそれはランダムだ。けれども決してそれを変えてはいけないし、変えられない。それをしてしまえば俺は時に逆らったことになり、存在が消される。そうして誰にも認識されないまま生涯を終えたくない」
どうやら俺が知っている能力ではないようだと、金木は思った。
柚崎は知っていたようで平然としている。
「一度目は俺の力で蒼井加奈子の死が見えたから行った。これでも、友達だったから。水族館のは偶然だよ、これは本当」
「これはってことは嘘があるのか?」
金木がそう問えば穴ボコくんはコクリと頷いた。
柚崎は暇になってきたのか腕を組んでいる。
「蒼井加奈子が一人じゃないことは知ってた」
「一人じゃない…なら、何人居るんだ」
その言葉には首を振った。どうやらそこまでは知らないらしい。
「そう言えば穴ボコくんは本当の両親も…」
柚崎の言葉を遮るように電話がなる。発信先は青柳、このタイミングで青柳からの電話ってことは嫌な予感がした。
その電話に出れば青柳は焦った声で「20区で殺人よ!もう花音ちゃんが向かったわ!急いで!」向こうは言いたいことを言って電話を切った。
柚崎と顔を見合わせて立ち上がれば、穴ボコくんも立ち上がり、ありえないことを言った。
「俺も連れてって!」
[newpage]
ひそひそ声が止まない、そして誰かを殴る音が絶え間なく聞こえた。
金木は柚崎の手を引いて歩く、柚崎の左手には穴ボコくんの手があった。
あの後、駄目だという金木を無視して柚崎が穴ボコくんを連れてきた。
責任は取らないからなと言うと柚崎は取られても困る。俺が独断でやった事なんだからと返された。
そしてこの目立つ生き物を連れて迫害地区を歩む。
「ねぇ、見て頂戴。余所者が紛れ込んでるわ、早く居なくなって欲しいわ」
「そうねぇ、余所者がこんな所で何しているんだか。気持ち悪い」
聞こえる声は無視して殺人現場へと歩く。その際もずっと別の人間、ありとあらゆる20区の人間から愚痴が聞こえていた。
これが20区、迫害地区。魔力持ちでなくても余所者ならなんでもいじめ、殺そうとする。
今日は殺人事件もあり警察が居ることで愚痴だけで済んでいるようだった。
20区の人間ならまだ警察が居ることで抑えられる。また20区を出れば無法地帯、警察であろうと殺す者が沢山いる。
それがこの世界の現状であり、現実であった。
金木達の住む13区、12区が異常なだけであり、他は皆こんなものだった。
「懐かしいな」
柚崎がぽつりと呟いた。確かに柚崎は昔20区の人間で、そこから逃げて来たところを金木家が保護した。
これも11年前の話だが。
街の中で最も明るい場所、噴水広場にキープアウトと書かれたテープが張られていた。
テープを潜って中には入れば、もうすでに死体はなく何時もの如く川内がいた。
先に川内に気がついた穴ボコくんはテープの外で身を隠すようにして座り込んでいた。
「あれぇ、二人共遅かったわね。もう署に帰るところだったわ」
のんびりとした口調で夢澤は言う。軽く挨拶をしてから状況を確認した。
「そうねぇ…前の二件と同じ手口よ。彼女の記憶の中には犯人どころか、友達、親の顔も映らなかった。他の二人も同じ状態だったわ。あら、これ報告してなかったかしら…」
「はい、されてません」
「まあ、いいか。後、やっぱりこの子も蒼井加奈子だったわ…詳しいことはさえちゃんに聞かないと分からないけど…あっ、そう言えばあんた達…どこかの壁破壊したわね?」
問われてバツが悪そうに柚崎がそっぽを向いた。それを見逃す夢澤ではなかった。柚崎が夢澤に捕まっている間に川内の側に近付いた。
「柚崎にはここは辛かっただろう」
川内は地面についた血痕をしゃがんで見つめながらぽつりとそう漏らした。
「昔の事です。それに、そんなことを気にする恵斗ではないですよ」
「でも、お前ら絶対に離れないように手を繋いでいただろう。金木も実は不安だったんだろう?」
川内は魔力持ちではないが、こちらを見透かしたような発言をする。
時には人を傷付けてしまうこともあるが、それが川内の良い所でもある。川内といると分かってくれるから楽でいい。
「まあ、そうですね、ー…たった一人の家族ですから」
「そうか。俺にも20区からやってきたたった一人の息子がいる」
顔だけを金木に向けて川内は言った。
「俊之って言うんだが、最近はあまり会えて居なくてね…まあ、俊之には人と会うからと言ってあるんだが」
俊之…ああ、更におっさん感が増していく…。
「はやく、事件を解決して帰ってやらないとな。
俊之だって待ってるだろう」
「そうですね、ところで川内さんは何処で彼と出会ったんですか?」
「それは…そうだな。犯人が捕まったら教えてやるよ」
そう言って川内はにこやかに笑った。
夢澤からやっと解放された柚崎と共に穴ボコくんの元へと戻る。すると焦ったように穴ボコくんは言った。
「ねえ、さっきまで現場を覗いていたんだけど、声かけたら走って逃げちゃって、ねえあれって犯人?」
「何を見てたんだ?」
「お父さん…きっとあいつが犯人なら狙われる」
自分の保護者だというのにあまり焦っていない穴ボコくんに違和感を感じたが追求せずに20区から出る為に歩き出した。
20区から出て金木が先に家へと入った。柚崎もそれに続こうとするが穴ボコくんに手を引かれて止まる。
「ー…どうしたの?」
問いかければ穴ボコくんは少し揺れた。
「気をつけて、どうしてかなんて分からないけど…狙われているよ」
「それはお前の未来視の結果か…そんなことを俺に伝えて未来が変わったらどうするんだ?」
未来を変えられるという絶対的な自信を持って柚崎は言うがそれを穴ボコくんは否定する。
「変わらないよ。俺の見る未来は絶対だ」
はっきりと言いきった穴ボコくんを睨みつけて手を振り解き中へと入った。
食卓へと座り、穴ボコくんから情報を聞き出す。
はじめに好きな食べ物とかそんな所から聞いて今からやっと本題へと入る。
「穴ボコくんはどうして、蒼井加奈子を知っているんだ?」
「同じ能力を持っているからです。いえ、正しくは似たような」
先刻話した時とは打って変わってすらすらと話し始める。どこかで心境の変化でもあったのだろうか。
「似たような?」
「彼女は人の時を操ります。初めて俺の能力を聞いた時、柚崎のお兄さんが思ったものと全く同じです」
「気付いていたのか」
「いえ、きっと誰でもそう思います」
金木が思うのが普通で自分の能力が異常だとでも言うように穴ボコくんは言う。
柚崎は穴ボコくんの言葉に頷いた。
「それだけ、蒼井加奈子が有名人の名前ってことですよ」
「穴ボコくんの知っている蒼井加奈子が?」
「いえ、違います。俺も詳しくは知りませんが、何でも刑事だったようです」
「なら青柳に聞けば分かる」
「ああ…そうだな」
柚崎の提案を飲み込んで穴ボコくんへと目線を変える。穴ボコくんは悩んでいるようで顎に手を当てていた。
「どうした?」
「ー…いえ、どうしてお父さんが狙われるのかなって思って。もちろん、もしの話ですけど…」
穴ボコくんが現場で見かけた犯人らしき人の話だとすぐに理解した。
答えに迷っていると柚崎が代わりに答えた。
「警察官だから。犯人にとってみたら警察は邪魔でしかないんだろうね。ー…もしかしたら犯人はこれを一種のアートだと思って居るのかも知れない」
一種のアート。
その言葉が妙に引っ掛かって気になるが、まだ穴ボコくんの尋問は終わっていない。
疑問は後回しにして穴ボコくんへの質問を再開する。
「ところで君の能力で犯人を見ることは出来ないのか?」
金木がそう問いかけると柚崎が溜息をついた。それに腹が立ったので軽く殴れば、容赦なく脇腹をつかれた。
「ー…初めにも言いましたが、この能力はランダムでたった一人の人間以外は見ることが出来ません。だから、分かりません。ー…でも蒼井加奈子の父親の話ならよく聞いています」
穴ボコくんをじっと見つめると、穴ボコくんは目を隠した。その行動に気がついて目線をはずす。
「恥ずかしいので見ちゃ駄目です」
手を下ろして穴ボコくんは揺れた。まるで女性のような話し方だ。
「彼女の父親は完璧主義者でどんな物でも失敗作は捨てるか売り捌くような人だったのだと聞いています。ただ、俺の知っている彼女は父親の唯一の成功作だったらしいです。でも彼女は一昨年から姿を消した。だからこそ、死の予言を見た時信じられなくて見に行きました。けれどもあれは蒼井加奈子ではなかった」
何か思い当たることがないかと柚崎を見るが、彼は一人で悩んだまま停止していた。
「ー…それが犯人だと仮定して、何故に娘を殺すんだ?」
金木の疑問を穴ボコくんは首を振って知らないと答えた。
「青柳達の所に行こう。向こうが調べた情報も聞きたい」
柚崎にそう言われて、仕方なく穴ボコくんに鍵を頼んで署へと向かった。
青薔薇の刑事ー更新終了ー 澤崎海花(さわざきうみか) @umika
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