第40話 喋る黒猫

 全ての花火が打ち上がった後、唐突に全ての明かりが消えていた。

 そこにあったはずの提灯の明かりも、人々の家に灯した電灯も。

 ここにあるのはただ古ぼけた神社と僕とありすの二人だけ。

 ありすの魔法は全て消えてしまったのだろう。

 ここにはもう他の人は一人も残ってはいなかった。

 ただありすを抱きしめている僕がいるだけ。

 完全な闇の中で二人はふれ合っていた。


「みんな行ってしまったんですね」


 ありすは静かに呟くように話していた。

 僕は何も答えられなかった。答えてはいけないような気がしていた。そしてありすも答えは求めていなかったのだろう。それ以上には何も言わなかった。

 ただ完全な闇の中に不意に二つの光が見えた。

 同時に聞き慣れた声が響く。


「さてと魔法は解けてしまったようだね。残念ながらシンデレラのようにガラスの靴は残せないんだ」


 その声と共に光は月明かりに照らされて、もう少しはっきりと姿を表していた。

 彼女はぴんとしっぽをたてて、僕達の足下までやってきていた。


「ミーシャ」

「ああ、ボクだよ。この村に残っているのは、もう君たちとボクだけだ」


 ミーシャは静かな声で答える。


「出来るならもう少しこの時間を続けたかったけれど仕方ない。アリスは不思議の国から帰ってきて目を覚ましてしまったのさ」


 ミーシャはため息をつきながら、それからじっと空を見つめる。

 空には満月がはっきりと浮かび、星が一面に包み込んでいた。


「ミーシャ。うすうすは思っていたんだけど、君がこの世界を作ったんだね。あの祠の主は君なんだろう?」

「ふうん。君はときどき変にするどいね。まぁここまでくれば猫よりも小さい脳みその持ち主でもわかるのかもしれないけどね」


 僕の言葉をミーシャは否定しなかった。

 僕の記憶の中にミーシャはいない。だけどミーシャは僕の事を知っていた。

 僕とありすが交わした約束の事も、この村で起きた出来事のことも。

 それを知っているということは、答えは一つしかなかった。


「……どういうことですか?」


 ありすはまだピンときていないようだった。仕方が無いので僕が答え合わせをする。


「ありす。君が言っていた神様、僕達をみていたほこらの神様はミーシャだよ。祠の扉が開いていたのも、祠が手入れがされていなかったのも。ミーシャがこの世界を作っていたから。魔法で村を作り出す事はできても、自分自身である祠には手を出す事は出来なかったんじゃないかな。だから祠が朽ち果てていくと共にミーシャも力を失っていったんだ」

「ま、当たらずも遠からずってところかな。みじんこ並にしか働いていない脳みその持ち主にしては真実に近いところにあるよ。でもまぁこの不思議の国を生み出したのは有子の力かな。ボクは有子の願いを聞いてあげただけ。魔女になる、この村の救世主になるっていう願いをね」


 ミーシャは手で顔を洗いながら答えていた。何も特別な事はないといわんばかりに。


「ミーシャが……。全然気がつかなかった……」


 ありすは目の前の黒猫をじっと見つめていた。

 ミーシャは何一ついつもと変わらずに、猫らしく振る舞っている。

 たけど大きくあくびをすると、それからつまびらかに語り始めていた。


「残念ながらボクの力もそろそろ尽きてしまってね。だからボクはしばらく眠りにつく事になると思う。まぁ何年眠る事になるかはわからないが、だいぶん長い間力を振るい続けたからね。それなりに長い間になると思う。それでお別れを告げにきたんだ」

「そんな……ミーシャまで……」


 ありすはまた泣きそうな顔になって、ミーシャの方を見つめていた。


「まぁもともと猫が喋るなんてあり得ないんだ。それを君は不思議にも思わなかっただろう。でもそりゃあそうだよね。だってボクの今の姿は君が生み出したものなんだからね。自分が生み出したものを自分で否定する事なんて出来る訳が無い。君にとって喋る猫は自然な存在に感じていたって訳さ。でも逆にいえばね。ボクは本来は今の黒猫の姿とは違う存在なんだ。それにまた戻るだけさ。だからボクの場合は、ボクという存在が消えて無くなる訳じゃあない」


 ミーシャはありすの足に顔をすり寄せる。


「なのでボクはしばらくの間眠るだけでまたそのうち元に戻るさ。ただその時にもしも君たちともういちど出会ったとしても、君たちがボクのことに気がつくかどうかはわからないけどね」


 ミーシャは大きくあくびをしてみせる。

 やっぱりいつものミーシャと変わらない様子を見せていた。


「じゃあ、そろそろお別れだ。ボクがいなくなれば、有子の夢は完全におしまい。これからは現実に戻るよ。できればもう少し長く続けたかったんだけど、ボクももう限界だ」


 ミーシャはこんどは腰をあげて大きく背を伸ばしていた。


「でも最後の力で謙人を呼べたのは良かったよ。届くかどうかわからなかったけど、君がここにくるように願いを捧げていたんだ」

「やっぱりこれは君の仕業だったのか」

「そうだよ。神様の仕業でもなければ、あんな偶然ありえないだろう」


 ミーシャは口をあけてにやりと笑う。

 まるで口が耳まで裂けた笑みのようにも見えた。


「確かチェシャ猫っていうのはこんな感じだったかな。ま、あいつもよく消えるから今から消える僕とも似たようなものだね」


 ミーシャがそういうと、ミーシャの姿もゆっくりと消えていく。

 そしてすぐにミーシャの姿は見えなくなってしまう。

 ただ姿は完全に消えていたけど、だけどまだどこからか声は届いていた。


「まぁさっきもいった通り、別にボク自身が消えた訳じゃあない。だからまたいつかどこかで会えるさ」


 ミーシャは姿を消したまま声だけを残して呟いていた。

 そのあとはもう何も聞こえない。

 辺りには静かな世界だけが残った。

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