三題噺『無くて七癖』
高田"ニコラス"鈍次
第1話
あーもう、イライラするわー
在宅ワークの機会が増えて
自宅でパソコンを叩くことが多くなった
会社からパソコンをあてがわれるほど裕福な会社ではないので
年季の入った自前のパソコンを引っ張り出して使っている
ところが
やっぱり動きが遅い
それに加えて
キーボードの調子が悪い
特にYのキーは
まったく反応すらしない
代表取締役 と打つはずが
大砲取締悪 と変換される
どんだけ悪い人なんだか…(笑)
笑いごとじゃない
hyouとうつところをomoteと打って変換
yakuと打つところをekiと打って変換
ほんとめんどくさい
ため息の数が増え、イライラが募る
ドンッ!
女房が僕の手元にコーヒーを乱暴に置いた
おいおい、危ないだろ
零れてパソコンにかかったら
壊れちゃうじゃないか…
あのさ、いい加減にしてくれる?
女房がそう言う
ただでさえ家にいる時間が長いから
鬱陶しいのに
そこに来て、ハーハー
ため息ばかりじゃ、こっちもイライラするのよ
それに、それ…
え?
女房は僕の右手を指す
僕の右手では
ボールペンがクルクル回っている
たしかに
考えごとをしたり、イライラしたりすると僕は
無意識のうちにボールペンを回す癖がある
もうやめてくんない? それ
そのクルクルが目に入るだけで
こっちもイライラするのよ…
はい、これ
ぶっきらぼうな声で
女房は新しいノートパソコンを僕の前に置いた
え?
どしたの、これ…
もうこっちもさ
イライラしたくない訳よ
だからさあなたのイライラの原因
それなんでしょ?
ほんとは会社に行って欲しいとこだけど
家に居るんなら、
もっと私に気持ち良く過ごさせて欲しいの
じゃ、これ僕が使っていいってこと?
当たり前でしょう
他に誰が使うのよ
あんたにはまだまだ稼いで貰わなきゃいけないんだから…住宅ローンだってまだまだ残ってるし
僕は素直に喜べなかった
なんだかいつもと違う
何か魂胆があるのではないか?
僕は訝しんでいた
それでも
新しいパソコンは魅力だ
女房の言う通り
これでイライラも解消されることになる
ここはひとまず
お礼を言った方が良さそうだ
ありがとう
いや、ほんと助かるよ
僕がそう声を掛けたときには
もう既に女房は僕に背を向けて
キッチンに立っている
思えば
女房の後ろ姿なんて
まじまじと見ることなんて
しばらくなかったな…
結婚して10年か…
お互い歳をとったなあ…
と思ったところで
僕はふと思い出した
そういえば…
今日は結婚記念日じゃなかったか…
僕は慌ててリビングのカレンダーを見た
今日の日付けに赤く〇がつけられている
僕は
急に女房が愛おしくてたまらなくなった
つっけんどんなフリしてるけど
ほんとは嬉しいんだな
よし
こっちから声掛けてやろう
いつもありがとう
これからもよろしくね
そう声を掛けようと思い
そっと彼女に近づく
近づいたはいいが
僕は声を掛けるのをやめた
何故なら
女房の手に握られていた包丁が
器用にクルクルと回されていたからだ
そう
彼女は機嫌が悪くなると
包丁をクルクルと回すクセがある
僕はそっと踵を返し
家を出た
右手で
ボールペンを回しながら…
三題噺『無くて七癖』 高田"ニコラス"鈍次 @donjiii
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