アレン①

僕はアレン。

自分でも自分は子供っぽいなと思っているが、一応はこの国の王子様。

お母様やお父様から受け継いだ、銀色ながらも何処か海面に映る月のように透き通る色をした髪に、葉っぱに乗った雫のように何処か優しさが残る、紅く透き通った目。


そんな僕には、婚約者が居た。

赤いバラの花びらのような艶のある真っ赤の髪の毛を持つ、人や動物を含め生きていく上で必要な水のように透き通った水色の目をする女の子が。


その女の子の髪を見て他の皆は、血を見ているようで恐いとその女の子に恐怖していたり冷たく当たっていたけれど、僕はどうしても恐いとは思え無かった。


何時も周りの目を気にして、一人で本を読んでいたり色々な花を見つめている彼女。クールそうに本を黙々と読みながらも、何処か寂しそうにしている彼女は誰も来ないような暗い暗い倉庫で一人泣いていたり、楽しそうに遊ぶ他の子達を見て羨ましそうにその光景を見ていたり、様々な声を使い分けてお人形と話をしていたり。


そんな彼女を見た僕は、恐怖という感情は浮かばずに守ってあげたいという感情が浮かんできた。


赤い髪は真っ赤で血に見えなくも無いけど、彼女の持つ水のように透き通った目と真っ赤な髪はお人形かと思う程綺麗で、いつも一人寂しく居る彼女を僕は笑顔にしたいなと思った。


ーーだから、僕は彼女を婚約者に決めた。


親からは彼女の妹と婚約をすることを薦められたが、僕は何もためらうことなく拒否をした。王子になるために、お母様やお父様の言うことを全て聞いていた僕の、初めての我が儘だった。


そんな僕の我が儘を、二人はしんそう悩むように首を左右に傾げたが、僕の初めての我が儘を受け入れたいと思ったのか、渋々了承してくれた。僕は子供っぽかったから、我が儘を何一つ言わないで、言ったことを全て聞いていた僕に違和感を感じていたのかもしれない。




彼女との婚約を結びつけることが出来た僕は、彼女に接近した。

花を見ている彼女の姿を眺めているのでも良かったが、思い切って話し掛けてみた。


いつも遠くから離れて見ていただけだったけど、こうも近くで彼女のことを見ると恥ずかしく思ってしまう。婚約者を親が決めたのならそうでもないかもしれないが、僕は自分で彼女を婚約者と決めたのだ。彼女には恥ずかしくて、婚約者になる予定と言ってしまったが、あの時「僕の婚約者になって下さい!!」なんて言っていたら、どうなっていたのだろうか。


赤い髪が嫌いなのか、お姫様にしては珍しいショートカットの髪型にしていた彼女は僕のことを見て、疑うように困惑するように見つめてきた。その仕草は、怯える小動物のようで思わず庇護欲がくすぐられた。そんな彼女をじっと微笑みながら眺めていると、確かめるように、女の子らしい優しい声で僕に声を返してきた。



「もしかして……私のこと?」

「うん。そうそう。君のこと。」

「どうして、どうして貴方は私を恐れないの?」

「だってさ……僕の婚約者になるかもしれない人なんだから、一目見なきゃ駄目じゃん。」


彼女との初めての会話。

王子様ということもあり、お洒落をした令嬢とお茶を交えて何度も話すことはあったが、婚約者との初めての会話は凄く緊張した。彼女は近付いた僕に疑うようにして言葉を返してきたが、その疑いを晴らすように僕も彼女に言葉を返した。……毎日のように影から彼女のことを見ている僕は、一目なんて言える立場じゃないというのに、恥ずかしさのあまり初めての会話だというのに嘘をついてしまった。でも、逆に「毎日のように貴方のことを見てます。」とか言っていたら、彼女に出会った直後から引かれていたかもしれないので、嘘を言った僕の判断は正しかったと思う。




僕はあの後から、何度も彼女に声を掛けた。

というのも、あそこで会話が一度途切れてしまったのだ。婚約者として、彼女をこれから支えていかなければいけないというのに、彼女の話し相手になれないのは駄目だろう。そう思った僕は、彼女に何度も声を掛けた。好きな食べ物はとか、好きな本はあるとか。話が続かなくて微妙な空気が続くのが嫌だったので、僕の方から無理矢理質問を繰り返すことにして、会話を途切れさせないようにしたのだ。コツは、相手に考えさせないようにテンポよく質問を繰り返すことだ。これは、お茶会で話すネタが無い時に使って学んだ技だ。これを使うと、相手がシャイな性格でも大体は会話を続けることが出来る。

しかし、お茶会で得たこのコツは何も意味がなく、彼女からの僕の質問に対する答えは沈黙で、会話の途切れた微妙な空気が漂ってしまった。



………質問を無理矢理しすぎたのが良くなかったかもしれない。

そう思った僕は、いっそのこと僕の思いを伝えることにした。



「ねぇねぇ。何で無視するのさ!!僕がこんなにも話し掛けているのに。」

「……………」

「僕のこと、もしかして嫌い?何処か嫌なことがあった?」


やはり返ってくるのは沈黙。

沈黙が返ってくるのは、先程質問を繰り返した僕には簡単に想像が出来たが、やはり辛い。

こうも沈黙……いや、考えたくは無いが無視をされてしまうと、僕は彼女に嫌われているのではないかと思えてしまう。彼女にとって、もしかして僕は邪魔なのかな?………悲しくなってきた。


だけど、僕の思いを伝えたことが功を成したのか、彼女はそっと口を開いて、僕に言葉を返してくれた。


「別に、嫌いじゃない……」

「よ、よかった。嫌われてなくて。……っていうか、やっと僕のこと無視するの止めたね。」

「……どうして、どうして貴方は私を恐れないの?」

「だって、僕の婚約者になる人なんだから仲良くしたいじゃん。もっとお話しようよ。」

「……私の赤い髪が恐くないの?」

「赤い髪?珍しいけど、恐くないよ。むしろ……綺麗っていうか、もっと近くで見てみたい。」

「――えっ!!?」


僕が彼女の髪のバラのように華のある赤色を褒めると、彼女は信じられないような物をみる目で僕を見てきた。そわそわと横に揺れ、水色の瞳を少し輝かせながらこちらをじっと覗くように。


彼女に見つめられた僕は、顔に熱が帯びていくのを感じた。


「……もう一回言って。」

「え?もう一回って何?」

「……やっぱり私の髪嫌いなんだ。まぁ、そうだよね。私の赤い髪なんて……」


彼女に見られていることをどこか恥ずかしく感じていると、彼女はどこか確かめるような顔で、そっと呟いた。「もう一回言って」とはどう言うことだろう?綺麗……と、もう一度言えばいいのだろうか?


その言葉の意味が分からなかった僕は、彼女に聞き返した。

おそらくそれがいけなかったんだろう。

彼女は僕が嘘を言ったと思ったのか、悲しそうな顔で目に少し雫を添えて、俯いてしまった。


うぅ……

恐らくもう一度綺麗と言えば直ぐに彼女も機嫌を直すと思うのだけど、やっぱり恥ずかしい。


今日初めて目と目を合わせて話したというのに、相手のことをまだ慣れていない状態で褒めるのは恥ずかしい。 さっきは流れるように無意識で言ったので恥ずかしくは無かったけど、意識して言うのではまた違う。本で出てくる王子様は、女性のことを綺麗とか可愛いとか息を吐くようにして言っているけど、王子の僕からするとあれは可笑しい。どうしてそんなに簡単に、女性の容姿を褒める言葉を吐くことが出来るのだろうか。僕の場合、こんなにも恥ずかしいのに。……大人になったら、僕もああいう言葉が直ぐ伝えられるようになるのだろうか。


一度呼吸を整えて、僕は俯く彼女に聞こえるように囁いた。


「………ーー君の赤い髪綺麗だよ。」

「――ん!!」


僕がそう言葉を吐くと、彼女は体を傾けた状態でぴくんと一瞬上下に動いた。

ヤバイ……恥ずかし過ぎる。

ぴくんと、魚かと思うような彼女の動きが見れたことは嬉しいが、嬉しいという感情よりも恥ずかしいという感情が勝ってしまう。


彼女のことを直視することが出来なくなり、僕は両手で自分の顔を隠した。すると、そんな僕の姿が面白かったのか、彼女は嬉しそうに僕の方を見て笑った。


「ああーっ!!今、僕のこと見て笑ったでしょ。酷い。」

「ふふっ。だって、貴方のモジモジとした姿が面白過ぎて。つい笑っちゃった。」

「酷い!!僕に酷いことしたんだから、その髪を触らせてよ?動かないでよ?それっ!!」

「ちょっ!? そ、そんなに急に撫でないでぇー!!」

「すべすべしてて気持ちいいぃぃ。ねぇ、今度は耳触っていい?」

「駄目に決まってるでしょ!!」

「あっ!! 逃げないでよ?待て待てぇぇー」

「きゃあ!!」


物語に出てくるような、海の砂浜を二人走るようなロマンチックあるものではないが、僕は彼女を追いかける。勢いで艶のあるいい匂いのするさらさらとした髪を撫でて、更に柔らかそうな耳を触ろうとしたら、流石に彼女に逃げられたからだ。勿論髪の触り心地は……言うまでもなく気持ち良かった。


必死に逃げる彼女だが、何処か彼女は楽しそうに、恥ずかしそうに僕から逃げるように走っていた。顔をほのかに紅く染めながらはしゃぐように走る彼女は、本を読んでいたり花を見ている姿とは違いギャップがあり、改めて可愛いと思ってしまう。……この子を、婚約者に選んで良かった。


草むらに逃げていく彼女を追いかけていると、草むらに穴が掘られていたのか、草に足を引っ掛けてしまったのか、彼女は細くて白い足を地面にぶつけた。


「だ、大丈夫?何処か、怪我してない?」

「大丈夫だから、ちょっと離れて。」

「ちょっと待って!! 膝から血が出てるじゃん。駄目だよ。そこから動かないでね。 絆創膏と消毒持ってくるから。絶対だよ?」

「えっ?…う、うん。」


転んだ彼女に声を掛けながら近付くと、彼女は白くて細い足から血を流していた。よく見ると、血が流れている場所以外も紫色のあざのような物が出来ていて、見ているのご嫌になってくる程痛そうだった。


こんなあざのある状態で走らせてしまったのか……


僕は、彼女をこんな状態で走らせてしまったことに罪悪感を感じた。

いくらあの時は、僕の感情が恥ずかしさのあまり暴走していたとはいえ、さすがにこんな状態で走らせていいとは違う。何処かはしゃぐようにして走っていた彼女だが、もしかして痛みを隠すようにして走っていたのではないか?


そう思うと、更に罪悪感は増す。

早く救急箱を持ってこなければ………


急いでリュックサックに入れていた救急箱を持ってくると、軽く消毒をして、僕は不器用ながらも絆創膏を貼り付けた。彼女はあざが出来ている場所に絆創膏を貼っていなかったので、絆創膏を貼ることが治るのに影響することは分からなかったけど、絆創膏をペタペタと貼った。


「完成ー!!どう、立てる?」

「う、うん……ありがとう。」

「転んだりさせてごめんね。そう言えば、君の名前は?」

「私の名前は………ローズ。」

「ローズって言うんだね。これからよろしくねローズ。僕の名前は、アレンって言うんだ。」

「アレン………うん。覚えた。」


絆創膏を貼った後、彼女は思ったよりも痛くなさそうに立ち上がった。

自分の絆創膏を貼る才能にため息をつくけど、痛くなさそうで何よりだ。


痛くなさそうに普通に立ち上がった彼女に安心すると、名前を教えることにした。僕は名前を既に知っていたが、ローズは僕の名前を知らないからね。ローズには早く僕の名前を覚えて欲しい。


あの後、草むらで寝転びながらお互いのことを伝え合うようにお話をした。





























ローズとの初めての会話をしたあの日。

今でも鮮明に覚えている。

あの日以降、ローズと僕はいつも一緒に朝から夜まで居て、足を使わないような遊びをしたり、美味しいお菓子を食べながら話をしたりしていた。たまに、メイドなどを付けて街へ遊びになども行ったりも……婚約者として、将来結婚する時が楽しみになるほどローズと仲良く過ごしていた。

だけど、その平穏はあの女によって奪われた。

壊されたのだ。


今、ローズは元婚約者となって、僕には新しくラエアという彼女の妹が婚約者に付いた。


ローズとの婚約は僕の知らないところで勝手に破棄され、知らず知らずの内にラエアが婚約者になった。ラエアはローズと同じで、可愛いし綺麗だと思うが、ローズ以外の女を好きになることは出来なかった。


それから、ローズは僕に気を遣うようになり……僕を少し避けるようになった。

本来であれば、今もローズと仲良く幸せを築いていた筈なのに………



隣を見れば直ぐに会えた彼女が居ない日々に、僕は憂鬱としていた。


だけど、そんな日々ももうすぐ終わる。

待っててねローズ。

僕が迎えに行くから。



城の近くに馬を止めた後、空に広がる星に挟まれた形を膨らませた月を眺めながら、僕はローズの部屋を訪れた。

元婚約者の首を締める婚約者に、元婚約者に伝えるはずだった言葉を忘れてしまうくらい殺意を覚えながら。




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