月の日の夜に②

「お願いだよぉ……頼むから目を醒ましてくれよ!! 僕がもう少し早く来ていれば……… 起きているのなら無視をしないでくれよ。」


何処か、聞き慣れた声が聴こえる。

それも、とても悲しそうな……心が震えている声。泣きじゃくっている子供のようにも聞こえるが、その声に私の心は何度も反響し、僅かに震えているのを感じる。


ここは何処なのだろうか。

来世?それとも、夢の中?

確か、私はあのままラエアに首を締められて………


ここが何処かわからない。

ただ、好きな人の泣き声が聞こえる空間には、何処であろうと居たくなかった。


「僕のことを嫌いになってくれてもいい!!僕のことを殴ってくれてもいい!!僕のことを罵倒したって、何をしたっていい。……ただ、目を醒ましてくれるだけで。それだけでいいんだ。僕が奴隷になったとしても、ローズが生きてくれさえすれば……頼むよぉ……お願いだから目を醒ましてよ。」


まだ意識がはっきりとしないが、何でもいいから言葉を口に出さないといけないことだけは分かる。胸の奥から溢れだしてくるこの使命感。後、もう少しで届きそうなのに……何故か私の口は開かない。


「どうしたらローズは目を醒ますの?寝顔は可愛いけど、今は見たって嬉しくないよ?ほら、ローズの撫でやすい髪だって………今は何度撫でても気持ちよくない。……お願いだから起きてよ!!」


何処か安心するような手が、私の髪を優しく撫でる。

まるで、赤い髪がまだ生えていなかった頃にお母さんに撫でられた時のような、そっと包まれるような手。何処か暖かくて、もっとこう撫でられていたい。あれ?暖かさを感じるということは、ここは現世なのだろうか?



「嫌なことをすれば、ローズは起きるの?それじゃあ、昔嫌がったように髪をぐしゃぐしゃにしちゃよ?だから、さ。お願いだから逃げてよ。あの時のように、怪我をしたって直ぐに治してあげるからさ。……ローズを苛めるのは嫌だけど、ぐしゃぐしゃにしちゃうね?」


さっきの安心する手付きとは違って、今度はこそばゆいようなこしょこしょをされているような感じがする手付きで髪の毛が撫でられる。アロンに髪を撫でられることは嬉しいが、こう撫でられると流石に恥ずかしく感じる。ちょっと!?そこはぁーー


彼から逃げるように、私は体を横に動かした。

自分で動いたというよりかは、勝手に動いたという感じだ。


自分の体が動いたことに自分自身で驚いたが、彼は私以上に驚いたらしい。

そっと目を開くと、嬉しそうな安心したような顔をしているのに、何処か目元が濡れている彼が居た。


「よ、良かった。ろ、ローズが目を覚ました!!」


思ったように動かせない私の体を抱き締める彼。

泣いている彼は子供のようで、私の体に頭をグリグリと押し付ける。彼の方が身長が高くて、体も一回り大きいのに、何も言わないでただただ私に体を押し付けた。そんな彼に私は腕を伸ばして、大きくて少し硬い体を包み込むように、彼に私の体重を乗せた。


「……ぐすっ……ぐすっ。死んじゃったと思ったんだからバカ。」


目と目が合った状態で、私を罵倒するアレン。

小さな声で呟くように私を罵倒した彼は、私のことを一段と強く抱き締める。

暖かい……

本来ならもう味わうことの無かった人肌を感じられた私は、気付けば彼のように頬に涙を垂らしていた。


「どうしたの!?何処か痛いの?医者でも呼んでこようか?」


そうじゃない。

何処か痛いわけじゃない。

ただただ#貴方__アレン__#と居られるのが嬉しくて………


心配そうに見つめてくる彼に私は、そっと呟く。


「医者は要らないから……もう少しだけこのままでいさせて。」


そう言うと、彼は私を逃がさないように抱き締める。

私が言わずとも、最初からアレンはそうするつもりだったようだ。

彼の体から伝わる温もりから、ここが現世なのだと悟る。


私は……まだ、彼と居ていいらしい。

嘘つきな私でも……彼と居ることが許されるらしい。


満月の月など忘れてしまうような程、彼と私は泣きあった。

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