第5話 近衛騎士マルハウゼン
近衛騎士として忙しい日々を送るダノン・マルハウゼンは明日の休暇を確実に取得するため、執務室から姿を消した自分の上司を探して城内を歩き回っていた。
一週間前に出した休暇申請書が未だに受理されておらず、このままでは大切な女性との約束を守ることが出来なくなってしまう。
ここのところ帰宅後の突然の呼び出しや休日返上の仕事が多い。中でも調査協力依頼という仮面を付けた強制調査命令にはつくづくうんざりさせられている。
それらはほぼ全てが貴族階級の令嬢令息の過去の動向を調査するというものだった。
−−−−−
彼らが何を好き好んでお忍びと言い張って城下の花屋や本屋、洋品店などをうろうろしているのかしらないが、その足跡を同僚の男と二人で辿らされているこちらの身にもなって欲しい。
これらの調査をするにあたって騎士服での調査は禁止されている。つまりは平民の普段着で調査することになる。
職務時間中の男が二人で花屋に入る姿を見られるのは私にとっては好ましくない。大切な女性には見られたくないからだ。
訪問する回を積み重ねても対象の人物が変わるだけなので質疑応答はほとんど同じ内容だ。そうなってくると問い掛けるこちらは『何度もすまない』 答える相手は『またですか…』 と、そろそろ精神的に疲れが出始めても仕方がないだろう。
たがまぁ奥手の同僚が最近は花屋の店員と互いを気にするような素振りを見せているのでそれはそれで良かったのかもしれないが。
−−−−−
「いつもお仕事ご苦労様です。
ふふっ、騎士様のそちらの衣装もお似合いですがわたしは騎士服姿も見てみたいです。
こちらの棚にあるのは最近特に女性に流行っている小説なんです。本の内容も素敵なんですが挿し絵も美しいんですよ」
そう言うと棚から一冊の本を抜き出した。
「ほら、こちらの小説にはこのような騎士服の登場人物が描かれています。街を巡回している騎士の方達の騎士服ですよね。とても細かく描かれてますよね。
お二人も普段はこの服を着ているんですよね。素敵でしょうからその姿を一度は見てみたいです」
こちらにも見えるように店員の女性が開いたページに描かれていたのは確かに巡回騎士達が着ている隊服で、確かにその刺繍までもがはっきりわかる描写の細かさには驚かされた。
しかし私達の騎士服は城内警備隊用の騎士服なので挿し絵のそれよりも色味や刺繍などの見た目が立派なのだ。だからこそ目立たないように平民の普段着に着替えて調査しているわけなのだが。
「そ、そうか、しかし私達は何度もこちらに伺っているから毎回騎士服姿では迷惑がかかってしまうかと…。申し訳な……」
同僚が真面目な顔でそう言って謝罪しようとすると店員の女性は慌てて止めた。
「え、いえ、騎士様が謝ることないですよ!わたしの勝手な願望なんですから!なんとなく見れたらいいな〜と思ってたのでつい口から出てしまっただけですから!それに騎士さまが今着ている服も本当にお似合いで格好いいです!」
謝罪を否定するために体の前に伸ばして振っていた両手のひらは最後の言葉とともに両脇で握りしめられている。
「は? か、格好いい!?…」
その最後の言葉を同僚が繰り返した。
その後、顔を真っ赤にした二人がもじもじし始めたのを見て私はいたたまれなくなってしまった。仕方なく先に出ようかと私は話の原因になった小説を一冊手に取り、私と同じように苦笑していた他の店員に渡して購入した。そして本屋を出た店先でその小説を読みながら同僚が出てくるのを待っていたのだった。
−−−−−
無事に休暇をもぎ取って久しぶりに会えた大切な女性とのお茶の時間に件の小説の話を振ってみた。
「この本を読んだの?」
彼女が呆れたように言う。
「特に女性に流行っているそうだ。君も読んで見るかい?巷では我々騎士がどのように見られているのかとても参考になったよ。
現実と小説の違いについて是非君からの意見を聞きたいと思ったんだが読んだことあるのか?」
「あるわよ。私が騎士のあなたと付き合っているからと友人から薦められたの。『彼氏の知り合いにこんな騎士様がいたら教えてね』というお願いと一緒にね」
「感想は?」
「ありえない。恋に夢見る女性の理想を表現したに過ぎなくて鳥肌が立ったわよ。もしこんなキラキラした完璧な騎士がいたとしてもあなたがそんな人と友として付き合うとは思えないわ」
「ははっ!そうか。でもうん、それがその本に登場する騎士に対しての君の意見なんだな。
ところがまさにその本に登場する騎士みたいな人が上司にいるんだ。まぁ、その理想の姿も彼が大きな猫を被っている時だけなんだけどね。
でもその上司に限らず、どことなく気取った姿勢を見せる者は騎士には多いかな。なにせ女性憧れの騎士だからね」
「私はこの本の騎士なんかよりあなたの方が何倍もいいと思ってるわよ。
あら?その話の流れだと私が知らないあなたの姿もあるということよね」
「まさか!私は君の前では素のままだし、職務時間中でもかわらない。このままだよ」
「本当?職務時間中のあなたのことを私は全く知らないわよ。見る機会なんてないんだから。あら?なんだか気になるわね。ちょっと今度誰かに聞いて見ようかしら」
「待て待て待て。本当に変わらないよ。
それに…君にしか見せない私の姿だってあるだろう?」
私の胸の中にある彼女への好意を全て込めた笑みを浮かべた。そのまま彼女の目をじっと見つめる。
そろそろお茶の時間を終わらせて次の予定に進みたい。つと右手の指先で彼女の頬をゆっくり撫でる。
「え?私にしか見せない…って。んなっ、こんなところでそんな顔しないでよ」
私の意図を汲んだらしく恥ずかしそうに頬を染める彼女の方こそそんな顔をここでしないで欲しい。
では彼女の手を引いて次の予定に進むとしよう。
ようやくもぎ取った貴重な休暇なのだ。
思う存分彼女と共に過ごさなくてもはもったいない。
私の背中に耳まで赤くした顔を隠したつもりでついてくる彼女が愛おしくて仕方がない。
流行りの小説の騎士より私がいいと言ってくれる彼女に心底安心した私の頬が緩んでしまうのは秘密だ。
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