第4話 アライア子爵家令嬢
王都から東にある侯爵領を通り抜けた先には豊かな自然あふれる土地が広がる。牧草地、耕作地、それらのあちこちに作られた溜め池や水路には太陽を反射して光る水が満ちてさらさらと流れている。
そんな豊かな国土で隣り合う領地。アライア子爵家の令嬢と隣のコンダート子爵家の子息である幼馴染との婚約は結ばれるべくして結ばれたものだった。
穀物や野菜の収穫量はどちらの領地も同じようなものであり、アライア子爵家の領地は牛の放牧が盛んでコンダート子爵家の領地は牛よりもその他の家畜を育てることを得意としていた。
一つ年上のコンダート子爵家の子息が両親に抱かれて隣のアライア子爵家の令嬢が生まれたお祝いに訪れた時のからの付き合いで、時には喧嘩をすることもあったものの友人以上の交流をして来ていたはずだった。
ただそれは友人以上の関係であり、例え婚約をしていたとしても恋人未満だったことはアライア子爵令嬢としても認めざるを得なかった。
だから先日、コンダート子爵子息から何の前触れもなく婚約解消を提案された時には驚きつつも「それも私達にはありかもしれない」と思ってしまった。
しかし今現在両家の両親達とともに話し合いをしているのだが、婚約解消を言い出したコンダート子爵子息の話を聞いていた全員が呆れてしまった。
「僕は『真実の愛』を見つけたんだ。だから彼女と結婚したい。僕は彼女を幸せにしたいんだよ」
その彼女とやらには町で数日前に出会ったそうだ。彼女の方は時折町の本屋に現れる子息のことをずっと見ていたとかで、真っ赤な顔と潤んだ目で見上げて子息に告白してくれたんだとか。
手に持った本をコンダート子爵子息に渡して言ったらしい。
「あの…突然すみません!最初は私諦めていたんです。あなたと私は身分も合わないしあなたには婚約者がいると聞いたから。でもこの本を読んで私もこの主人公みたいになれるかもしれない。なりたいと思ったんです!
だから私の気持ちをあなたに伝えることから始めようと決めたんです。私はあなたのことを初めて見かけた時からずっと好きなんです!」
突然の告白に驚いたコンダート子爵子息は取り敢えず彼女から渡された本をパラパラとめくりながら読むふりをしつつ、とても真っ直ぐに好意を伝えられてふわふわしている思考をなんとかしてまとめようとした。
自分には婚約者がいる。その相手の婚約者との関係は悪くない。告白は嬉しいがここはもちろん両家の為にもしっかり断るべきだ。
落ち着いて普通に考えればおのずと浮かんでくる答えを返すべく、コンダート子爵子息は開いてさらりと目を通していた本を閉じて返事を口にした。
「ありがとう。僕も君みたいな女性を探していたんだ。さぁ、何か君にふさわしいものを探しに行こう。是非僕からのプレゼントを君に贈らせて欲しい」
その時、コンダート子爵子息は彼女こそが自分にとっての『真実の愛』の相手だと気づいたんだとか。幼馴染の婚約者とは腐れ縁の幼馴染というだけでお互いに愛し愛される相手ではなかった。だから彼女と自分の『真実の愛』を形にする為には邪魔にしかならない自分の婚約を解消をするしかないのだと。
今こうして集まってもらった状況に至る経緯と自分の気持ちを語りきって興奮した様子のコンダート子爵子息は、どうだと言わんばかりに罪悪感の欠片も見せずに微笑んでいる。
コンダート子爵子息の話を聞き終えたアライア子爵令嬢と両家の両親は黙り込んでしまった。
アライア子爵家夫妻と令嬢の心の内
『彼はあれか(しら)?今流行りのものか(しら)?』
コンダート子爵夫妻の心の内
『例の面倒なものがとうとう我が家の息子にまでおよんだのか(しら)?』
それなりに長い沈黙が続いた後、コンダート子爵が深い溜め息をついてから息子を見つめて言った。
「お前が皆さんに話があると言うからお忙しい時間を取っていただいたというのに、まさかそのような身勝手な話だったとは私は情けない」
「父上?」
自分を責める視線を父から受けたコンダート子爵子息は意味がわからず首を捻る。
そんな息子から視線を外したコンダート子爵は深々と頭を下げた。自分達が訪れた邸の持ち主達に向かって。
「アライア子爵、奥方、ご令嬢、うちの息子がご迷惑をおかけしてすまん。このようなことになるとは思ってもおらずお恥ずかしいことだ。どうやら息子とは一度しっかりと話をする必要があるようなので、申し訳ないがこの続きはまた後日ということでお願いしたい」
コンダート子爵からの謝罪に続く提案に困惑しながらも是と答えたアライア子爵家の三人は、コンダート子爵一家が馬車で帰って行くのを見送るとそのまま家族用の居間に移動して今後のこちらの対応を相談することにした。
両親の後ろを歩くアライア子爵令嬢は先程の元婚約者から聞いた話の内容と、巷に広がるいくつもの似たような話との共通点の多さに呆れるしかなかった。
元婚約者のようになってしまった男性側が自分の考えを改めることはほとんどないと言っていいのだからだ。
今後の話し合いや手続きなどの手間と交友関係にも面倒臭さを覚えた。
もちろん確実に自分達は友人知人達の噂話の一つになるだろう。それもしばらくは我慢するしかないかと深い溜め息をつく。歩いている廊下の窓から見えた、幼い頃から元婚約者と遊んでいた中庭を眺めながら。
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