第2話 ソードラント公爵家令嬢

 王宮に近い地区には高位貴族の屋敷が建ち並ぶ。

 領地に建つ本邸の広さには比べるべくもないけれど王都に建つ別邸の建物は大きい。高い塀に囲まれた庭に季節の花々が庭師達の手で世話をされ美しく咲き誇っている。

 屋敷に近い辺りには目隠しにもなり木陰も生まれるように木々が配置されており、今日はそんな木陰のある一画でお茶会を開くからと、幼い頃から親しくお付き合いしている公爵令嬢マーガレット・ソードラント様から招待されたのでお邪魔しました。


 お茶会のテーマは

『近頃流行りの小説の内容について』


 対象の小説を一冊以上読んで集まり小説の内容をざっくり教え合う集まり。それでは読書の楽しみがなくなってしまうと言われても仕方がないテーマ。

 しかし今回に限ってはそんなことは問題にならないほどに必要なテーマなのです。

 一冊でも多くの小説を参考にして対策を取らねばマーガレット様に瑕疵をつけられかねないのだから。


 そして私は昨日読んだ小説について話した。


「まぁ!ヘレナが読んだ本はまるで今の私と殿下のようではないの!」


 女性から見ても可愛らしいマーガレット様は私のことをヘレンニーナではなくヘレナと呼んでくださる。愛称呼びされるのは私だけなので他の令嬢達から妬まれるけれど幼馴染故の役得。


「そうなのですよマーガレット様。あまりに良く似た描写が出てくるものですから途中からは恐ろしいやら呆れるやらでした。小説の舞台である学園の食堂のくだりでは場所は違いますが会話の内容までほとんど同じだったのですよ。せっかくですから実演してみますがこんな感じです。よろしいでしょうか?」


 私は立ちあがりテーブルから少し離れる。喉の調子はまずまず。小説の栞を挟んでおいた問題のページを開いて。喉の調子をみる。んんっ、コホン。大丈夫。


「王子が聞いた自分の婚約者が起こしたという、ヒロインへの仕打ちについて話の内容を説明をした後からです。では王子のセリフから始めます」


 マーガレット様が良く見えるよう立ち位置に配慮する。



 王子

『これらの話を聞いても僕は君のことを疑いたくはないんだ。しかし……』

(悲しそうにマーガレット様を見つめる)


 ヒロイン

『ああ!なんとお優しい殿下!』

(両手を合わせ祈るように感動した様子で王子を見上げる)


 王子

『あ、いや、そうではなく』

(片手を挙げてヒロインを制止しようとする)


 ヒロイン

『ええ、もちろんわかっております!』

(何度も大きく頷く)


 王子

『な、何を…。とにかくこのままでいては僕と君は…』

(おろおろとヒロインとマーガレット様を交互に見る)


 ヒロイン

『まぁっ!それ以上言ってはいけません!』

(目を見開いてウルウル←これ難しい…)


 さらにヒロイン

『はっ!…皆様もこれ以上は聞いてはいけません!』

(周囲の人の多さに驚いたようにハッとしてから両手を広げてクルリと一周)



「と、いった内容でしたけれど、ほぼ先日見た事と同じでしたでしょう?お陰で真似するだけですので演じやすかったです」


 舞台演劇に出演しているつもりで左右交互に立ち位置を変えながら一人二役をやってみました。ヒロイン役の時は少ししゃがみこむことで身長差にも気を配りました。はい、やり切りました。昨夜しっかり練習しましたから。


 マーガレット様と脇に控えている侍女、護衛の皆様まで拍手をありがとうございます。


 実はお茶会と言ってもマーガレット様と私の二人だけの気安いもの。

 一週間に一度お互いの屋敷で開いているもので今回で三度目。

 テーマは実は毎回同じ

『近頃流行りの小説』

 知識と情報は武器。特に非力な女子には必要なのです。

 私達がこうしてお茶会をするようになってからの期間でもなんと二件の婚約破棄が行われてしまった。


 一件は婚約破棄を告げた男性の方に以前から浮ついた噂が流れていたため、婚約破棄された令嬢のご両親がそれらの情報のウラを取られて婚約破棄返しをされたとか。


 もう一件はお相手の家に婿入りする予定だったことを男性が知らなかったとかでゴタゴタ中と聞く。


 どちらの男性も『真実の愛』を見つけてしまったそうで、愛する女性を裏切って他の女性と婚約し続けるわけにはいかないとかなんとか、どちらが裏切りになるのかもわかっていない様子に彼らの周囲にいる人々は頭を抱えていると聞いています。



「やはり私も心の準備をしておくべきなのでしょうね。小説のお話のような流れになったらそのまま小説のエンディングへと進むのが当たり前のような風潮でしょう?私は『真実の愛』を邪魔する悪役令嬢のような立場にはなりたくないわ。

 そもそも本来は小説のように婚約者を蔑ろにしておいて婚約破棄だなんてありえないことですのに。おかしなこと。

 ヘレナ、私は殿下の婚約者となってからこれまで出来る限りの努力をしてきましたわ。自分のための時間なんてほとんどなかったと言えるほどに。

 でももう殿下はそんな私の言葉を聞いてくださらなくなったわ。それどころか顔を会わせることすらしばらくなかったのよ。先日あの食堂でお会いするまで。

 やはり私はこのまま婚約破棄を待つようなことは出来ません。殿下のこれまでの言動をお伝えして婚約自体が白紙になるよう両親に相談してみますわ」


 マーガレット様のお声にははっきりとした決意が込められており、海のように青いその瞳には錯覚でしょうけれど、ゆらゆらと炎が見えたような気がしました。


 それからはマーガレット様の侍女が見つけた新しいお菓子のお店の話を侍女本人も交えてしながら、用意された実物を香り豊かな紅茶と一緒に美味しくいただきました。

 もちろん帰りにそのお店に寄ってお父様達へのお土産を買うことも忘れませんでした。



 −−−−−



 我が国の第一王子ニコラディウス・ソルグランデ殿下とマーガレット様のご婚約はお二人が十歳になられた年に発表されました。

 同じ歳で身分の近いお二人の婚約はすんなり貴族にも国民にも受け入れられました。


 それから六年間マーガレット様は王子妃教育を受けられ、二年前からはご公務にも携わるようになっておられます。

 そのご公務も近頃はマーガレット様お一人でこなされていてお忙しいようですが、王子妃教育の賜物なのか周囲には疲労を見せないようにしておられました。

 それとなく気遣いの言葉をおかけすれば「すべては殿下の為ですもの」と微笑みながら私に話してくださっていたのですが…。


 学園への入学前に殿下の側近候補達が選出された。それからのマーガレット様は殿下との交流機会が大きく減ったうえに、側近候補の方々からは意味のわからない嫌味を言われることも度々あった。

 それなのに殿下はマーガレット様からそれらの話を聞いても溜息をついては

「君は私の妃になるのだろう?彼らは私の側近候補なのだからうまく付き合ってくれなくては困るよ」

 と言ってさっさと側近候補達の元へ戻って行ってしまうのでした。


 さらにはこの数ヶ月前からは側近候補とともにヒロインもどきの女の子が殿下についてまわるようになり、殿下の立場を心配したマーガレット様が苦言を呈しても、その度に溜息をついては無言で去って行かれるばかりだとか。


 これまで我慢してこられていたマーガレット様も『近頃流行りの小説からの婚約破棄』という屈辱を受ける事を回避する為にと行動を起こされたのでした。



 −−−−−



 ソードラント公爵家でのお茶会から3日後マーガレット様からお手紙が届きました。

 あの日、マーガレット様はご帰宅されたソードラント公爵様に話すべきことを全てお話されたところ、公爵様は王城へとんぼ返りなされたとか。そして昨日、驚くべき早さで婚約解消することが出来たそうです。


 どうやら公爵様もマーガレット様と殿下について配下からの報告を受けてはいたものの、マーガレット様が殿下をお慕いしているのだからと様子見しながら奥方様共々心配されていたのだとか。

 そこにマーガレット様から殿下との婚約を白紙に戻したいと言われたため、用意していた証拠書類や必要書類を持って国王陛下の居室へ押しかけるという暴挙に出たそうで…。

 たとえ兄弟同然の従兄弟とはいえ公爵様、それはないと思います。いえ、マーガレット様にとっては迅速な対応をして下さったのだから良かったのですよね。


 ところが、どうやら殿下がマーガレット様との婚約を白紙に戻すことに反対してひどくごねていたため、公爵様が思ったよりは時間がかかったらしいのです。

 この件についてはお父様から聞きました。殿下が反対するという言動に対して、その場にいらした方々は何を今更との反応だったようですがまぁ仕方ないですよね。

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