第10話

 人は誰しも、素晴らしい人生を送りたいと思っている。しかし、言うまでもなく本人が素晴らしくなければ不可能だ。まずは自分磨き、修行、自己啓発などをして素晴らしい存在になってから、素晴らしい人生を送らなければいけない。


 ところが、それは手間がかかるので、素晴らしくないままで素晴らしい人生を無理やり送ろうとする輩が存在する。レオンはこの王都にてそのような人々を来て早々、多数目撃することとなった。


 相手とまったく仲が良くないのに、十年来の親友であるかのように振る舞う人。見栄を張るためだけに分不相応な装飾品を、借金までして身に付ける人。脆弱な肉体しか持たぬのに、本気を出せば強力無比であるかのように嘯く人……


 レオンは思った――ならば逆に、「素晴らしい人生」でなく堕落を目指せば、このような不幸はなくなるのではないだろうか。断崖にひっかかった宝石を拾おうと手を無理に伸ばし、真っ逆さまに転げ落ちることも、最初から崖下にいればなくなる。


 では、どのようにして堕落をすればよいのか?


 一般的に言う、飲む・打つ・買うの三拍子に手を染めればよいのではないだろうか。


 だが、何れも金がかかるのが考え物であった。


 堕落と言うからには、一度や二度でなく、継続的に、それらに手を染めなければならない。たまに手を出すのではなく、日常としなければ堕落者ではあり得ない。そのために、元手がないからといって借金をすれば、それを今度は返す必要があり、おまけに利子というものを支払わねばならない。


 どうにかして無料で、それを行う方法はないかといえば、誰かを魅了・心酔させ、金銭的援助を受けてこれらを成し遂げるという手もあるが、それにはカリスマ性というやつが必要だ。それを手にするのは、恐らく金銭そのものを獲得するよりもはるかに難しいのは火を見るより明らかだった。


 堕落とは、なんと困難なのだろうか。


 迷宮でズボンの裾を褐色や赤紫色に染めながらレオンはそんなことを考えた。肉塊を潰すのは、極めて退屈だ。なにかあらぬことを考えながら、なるべくスピーディーにやるしかない。ひょっとしたら、永久に、このつまらない仕事を続けなければならないのだろうか。堕落者になれぬまま、ブーツとズボンを汚しながら日銭を得て、やがて脚が悪くなって肉塊を潰せなくなり、物乞いに身を落とし……


 いや、そうはならない。ならないと決意しなければいけない。決然と、堕落者になるのだ。根拠はないし意味もないかも知れない、しかし、レオンはそう決めた。


「魂魄に炎を持つ者がまた新たに現れた」


 と、そこで彼に声をかける人物がいた。潰れた肉塊に囲まれた、薄暗い迷宮に現れた初の闖入者だった。

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