見知らぬ指輪

卯月

えみか10歳、小学5年生。

 日曜日。

 朝、起きると、あたしのベッドのすぐそばに、見たことのない指輪が落ちていた。

「……これ、何?」

 拾って、まじまじと観察する。

 指輪と言っても、パパやママの結婚指輪みたいなのじゃなくて。ピンク、青、黄、緑、紫の丸い石が五つ、花の形に並んでいる。この色の組み合わせ、何となくニチアサの魔法少女アニメっぽいよね……今はもう小5だから見てないけど、あたしも昔は大好きだったなぁ。

 とか思っていると、いきなり、指輪が強烈なピンクの光を放った。


「え、え、えええーっ!?」


 はめようともしてないのに、勝手に指輪が右手の人差し指にはまってる!

 寝起きでパジャマ姿のはずなのに、なぜか全身ピンク系で妙にヒラヒラした服着てる!

 急いで鏡を見ると、顔は確かにあたしなんだけど、目や髪の色まで変わってて、魔女っ娘みたいな帽子まで被ってて、一言で言うと変身してるじゃん! 何これ!


「えみかー、朝ご飯できてるわよー、早く着替えて降りてきてー」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!!」


 階段下からの、のんきなママの声に返事して、どうしよう、どうしよう、と焦っていると、突然、触ってもいないのに窓が開いた。


「えええーっ!!」


 人差し指の指輪に引っ張られて、体が窓の外へ。そのまま、ロケットみたいに空をすっ飛んでいく。


「飛んでる! 飛んでるってこれ! どうすんの!!」


 何をどうしてよいかわからないうちに、フッ、と指輪の光が小さくなり、真下にあった大きな木の先端に激突した。ズザザザッ!! 葉っぱと枝の間を落下して、何本目かの枝に引っかかって止まる。

「……死ぬかと思った……」

 そんな目に遭ったというのに、ヒラヒラの服は破れても汚れてもいないし、帽子も脱げてない。変身凄い。

 しかし、これからどうしよう。どこまで飛んできたのかわからないけど、この格好じゃ家にも帰れない。とりあえず、木からは降りなきゃ。


「にゃー」


 何か聞こえたのでそっちを見ると、違う枝の先っぽに、真っ黒い子猫がいる。超可愛い! じゃなくて、登ったけど降りられなくなった、って感じで、心細そうに鳴いている。

「猫ちゃーん、一緒に降りる? 怖がらなくていいよ、怪しい者じゃないから」

 ……いや、この格好は相当怪しいか。

 幸い、子猫が大人しく肩に乗ってくれたので(超可愛い)、気を付けて地面まで降りる。


「るな! るな!」


 降りるとすぐ、五歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。

「るな! だめだよ、かってにいなくなっちゃー」

 子猫も女の子に飛びついて、女の子にぎゅーっとされている。

「るなちゃんっていうんだ。良かったねぇ、飼い主さんのところに戻れて」

 抱っこされた子猫の頭を撫でていると(超可愛い)、女の子が聞いてきた。

「おねえさん、まほうつかいなの?」


 ――そうだった! 全身ピンクの魔女っ娘なんだよ今!


 他人に目撃されたことに気づいて、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしいけど、女の子は目をキラキラさせて、あたしを見ている。絶対、アニメ的な何かを期待しているよコレ。こ、ここで、夢を壊すわけには……。


「そ、そうだよ! あたしは、ご町内の平和を守る、魔法少女マジカルピンク! よろしくね!」


 その場の思いつきで謎のポーズを決めると、女の子が「わーっ!」と笑顔で拍手してくれた。

「マジカルピンク、るなをたすけてくれてありがとう! またね!」

 女の子が子猫を連れて立ち去って、姿が見えなくなった途端、


「ちょっとー、いきなりはないでしょーっ!!」


 また指輪が強く発光して、ロケットみたいに空を飛ぶ羽目になった。家まで連れ戻してくれたのは助かったけど。

 開けっ放しの窓から自分の部屋に飛び込んだところで、変身が解ける。

「良かった、生きて帰れた……」

 パジャマ姿でへたりこんでいると、

「あら、まぁ、最近見かけないと思ったら、こんなところにあったのね」

 ママのおっとりした声が、耳元で聞こえた。

「ママ! どうしてここに!」

笑香えみかが、ちっとも降りてこないから、見にきたのよ」

 そう言いながらあたしの右手を持ち上げて、はまっている指輪に向かって話しかける。

「駄目よ、勝手にいなくなっちゃ」

「……この指輪、ママの?」

「子供の頃、魔法界から家出するときに、一緒に持ってきたのよね」


 ――何か今、めちゃくちゃファンタジーな言葉が聞こえた。


「パパと出会ってから、ずっと使わないで仕舞いこんでたんだけど。割と自分の意志で動きたい子だから、逃げ出して笑香のところに行っちゃったのねぇ」

 平然とママが言う。

「あ、今ピンク色だったでしょ? これ、光る色が違うと、違う服装に変身できるのよ」

「ママ……?」

 聞きたいことはいろいろあるけど、何から聞いていいか、考えがまとまらない。

「そうそう。朝ご飯、温め直してあげるから、早く着替えて降りてきなさいな」

 ひたすらマイペースなママが部屋から出て行ったあと、まだ指にはまったままの指輪を見て、呆然とする。引っ張っても抜けない。


 どうしよう、これ。



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見知らぬ指輪 卯月 @auduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ