第9話 日常?

「レイは今日も独りぼっちなの?

仕方ないから、私が一緒にご飯食べてあげるわ。」


食堂で一人昼食をとっていた僕に話しかけてくる。


「僕を傷つけるためだけの質問だろ、それ。

そういうリズも独りぼっちだろう。」


「私は独りぼっちなんかじゃないわ。

孤高なのよ。」


「言葉遊びはよせよ。

孤高と言い張ったところで孤独と同じことだよ。」


くだらない言い合いでもできるだけマシだ。


今まではくだらない言い合いをする相手もいなかったんだから。


ご飯を終え、教室に戻る。


別におもしろくもない授業を受けて、寮に帰ろうというとき、リズが話しかけてきた。


「レイ、あなた、どうせ暇でしょ。

明日遊びに出かけましょ。」


確かに、僕はいつでも暇だ。


明日は休日だというのに、毎週やることがない。


他の生徒たちが何をしているのか見当もつかない。


「どうしたんだ、唐突に。」


「何、私に誘われて照れてるのかしら。

それも仕方ないわ。

私って、学園随一の美少女だもの。」


「微妙に否定しづらいこと言ってくんなよ。」


傲慢で、傲岸で、豪胆な彼女はエリザベス・ブラッド。愛称はリズ。


勝気そうな言動と態度、そして時々毒舌が混ざる彼女だが、黙っていれば、学園随一の美女として名を馳せていただろう。

眉目秀麗というやつであるが、かつては王子の婚約者であったこともあって、男子生徒の口吻にのぼることがなかった。


鮮血のように赤々とした髪をツインテールに結んで、勝気そうな眉をしている。


王国内でも有数の大貴族ブラッド公の娘であり、宮廷官吏を多数輩出している家系の一つでもある。


家柄も文句なしなのだが、経歴に傷があるのが、玉に瑕というやつだ。


いや、態度も口も悪いから、玉は玉でも元々傷だらけだったかもしれない。


「レイ、聞いてるの?」


「分かってるって、リズ。」


「ならいいわ。

じゃあ、明日10時に中央広場で待ち合わせね。」


それだけを言い残して、僕に有無を言わさず、彼女は去っていった。




怒られるのも嫌だから、次の日は素直に従った。


正直に言うと、リズから外出の誘いがあるのは意外だったから、少しそわそわしている自分もいる。


早めについておけば間違いないと思って、早く来すぎてしまった。


周りを見渡すが、もちろんまだいるはずもない。。


手持無沙汰なので広場の中央にある噴水を眺めることにした。


水の動きは繊細で多彩だ。


見ているだけで、何だか心地よい。


噴水を眺めていたら、誰かが両手で後ろから目隠しをする。


柔らかく、きめの細かい手だ。


ふんわりと香水の甘い香りがする。


「だーれだ?

問題が簡単すぎたかしら。

あなたと親しい間柄の人は一人しかいないものね。」


「家族を含めれば、もっといるさ。」


「あなた、それを自分で言って悲しくないの?」


「君はそれを言って楽しいの?

僕に友達がいないなんて同じクラスの君ならよく知っているはずだけど。」


「つまらないわね。

これはコミュニケーションなのよ。」


「つまらないのなら、僕なんかに構わなければいいのに。」


「子供みたいにいじけないでよ。

ただの言葉の綾でしょ。

楽しくなかったら、一緒にどこかへ出かけようなんて誘わないわ。」


「それで、いったいいつまで僕の目をふさいでいるつもりだい?」


「レイが私の名前を呼ぶまでよ。」


「分かったから、手を離してくれ、リズ。

いつまでもここで立っているわけにもいかないだろう。」


「分かったわ。

手を外すから、一度こちらを向いて。」


先程まで目が手で覆われていたから、日の光が少しまぶしい。


振り返ると、私服姿のリズがいた。


トレードマークのツインテールではなく、今日はポニーテールにしている。

ノースリーブの白いワンピース姿であることも相まって、清楚な雰囲気を醸し出している。


ワンピースってシンプルだけど、いや、シンプルだからこそなのか、着る人次第って感じがする。


こいつの場合は、顔もスタイルもいいし、よく似合う。


「その、何だ。服も髪型もよく似合ってるよ。かわいいと思う。」

ちょっと照れくさいのを我慢して、はっきりという。


「あら、よく聞こえなかったから、もう一度いいなさい。」


二度も言いたくないからかなり明瞭に発音したはずなのに、わざわざもう一度言わせるとか、鬼か、こいつは。


「リズがかわいいっていったんだよ。」

半分やけになって言った。


「あらそう。」

勘違いじゃなければ、心なしかリズも顔が赤い気がする。


そんなしおらしい感じ出すな。

こっちの調子が狂う。


「そういうレイは制服なのね。

少しおしゃれをしてもいいじゃないの?」


「ファッションには疎いんだ。

よそ行きが制服ぐらいしかない。

誘われたのが昨日の今日だったし、制服で間に合わせるしかなかったんだよ。」


「まあ、ちょうどいいわ。

今から買いに行きましょう。」


「買いに行く?何を?」


「あら、レイってそんなに察し悪かったかしら。

決まってるじゃない。服よ。」


「まず先に私の服からだけどね。」


そういって、スタスタと歩き出したので、ついていく。


王都の中心部の大通りだが、人がとても多いというわけでもない。


この通りを歩いているのは基本的に貴族や一部上流市民であって、ごくごく限られているので、治安もいいし、ひとけも多くない。


貴族のお嬢様が護衛もつけずに安心して歩いていいというわけだ。


大通りに面した女性用の洋服店に一緒に入る。


華やかな世界で目がくらみそうだ。


「ほら、ぼやぼやしないで。」


うながされるままにリズについて回った。


「これどうかしら?」


服を上から当てて見せてくる。


「上から当てただけじゃ分からないから、着てみれば?」


「色合いくらいの感想は言えるでしょうに。

ま、いいわ、レイが着てみてほしいっていうならそうするわ。」


どうやら僕がリズのいろいろな洋服姿を見たいということになっているらしい。


リズは試着室に入り、僕は店内を見渡す。


店員さんやお客さんの生暖かい視線が少しうっとうしい。

恋人の洋服選びにつきそう彼氏というように思われているのだろうか。


「ほら、着てみたわ。見なさいよ。」


試着室のカーテンを開けると、青のストライプのシャツにタイトなジーンズだった。


「似合っているといえば、似合ってるけど、背伸びしてる感じが出過ぎるかな。もっと若々しい服でもいいんじゃない?」


ちょっといたずら心を出した。

いつもやられっぱなしじゃあ、気がおさまらないからね。

試着室で着替えている間に選んでおいた服をいくつも押し付ける。


「ほらほら着替えて。」

試着室のカーテンを閉める。


そこからはファッションショーのようだった。


タイトスカートにシンプルなTシャツという割合ベーシックなところから、へそが出るくらいの丈のシャツに短パンのような露出の多いものまで。


「なにこれ、あなたの趣味?

ちょっと露出が多いのは勘弁してほしいわ。

これでも公爵家の娘なのよ。上品さが必要だわ。」


などといいつつ、恥ずかしがりながらも試着はしてくれた。


役得であった。


途中から、ファッションショーというよりもむしろコスプレショーになりつつあった。

着ぐるみ、ゴスロリ、セーラー服、エトセトラ、エトセトラ


なんでこんなのが店に置いてあるのかよく分からん。

需要がニッチ過ぎるだろ。


「レイって変態だったのね。」


軽蔑したまなざしを受ける結果になったが、それでも構わないと思えるくらいには良い経験であった。


そのあと、別の店で僕の服選びをすることになり、今度は僕が着せ替え人形のようにもてあそばれた。


リズは嬉々として僕をおもちゃとしていたが、まあ楽しそうにしていたのでいいだろう。




その後、王都の中央公園を散策した。


公園はあまりにも広くて、公園というよりも、森だった。


「普段は学園からでないからな。

外出するのは新鮮。」


「意外ね。レイは活発そうな見た目しているのに。」


小麦色の肌をしているから、よく外に出ていると思われたのだろう。


前世の習慣が染みついているのせいか、僕はインドアだ。


「私もなんだかんだ言ってあまり外には出ないわ。

王都の屋敷にいる両親に会いに行く時ぐらいかしら。」


休みに買い物と散策をすることだけが、目的なのだろうか。


どうもそういう雰囲気でもない。


リズが口火を切る。


「決闘騒ぎあったでしょう。

両親は確かにユリウスの振る舞いには怒ってた。

でも私自身の振る舞いについても怒ってたわ。

短慮だったって。」


「決闘騒ぎの話は僕の中では終わってるんだけど、またその話をするってことは、まだ何かあるのか。」


「その通りよ。

その残り火がいまだに尾を引いているの。

政治闘争の火種になっちゃったのよ。

王党派と貴族派の間でね。

王党派と貴族派が何かくらいは知っているかしら?」


「貴族の勢力争いについて疎い僕でもそのくらいは知ってるさ。

王党派は王権中心の政治を指示する勢力で、貴族派は王権を制限し、貴族主導の政治を実現したい勢力でしょ。

貴族派にとっては今回の一件が王党派を揺さぶるいいきっかけになったのか。

まあ、分からない話ではない。」


「宮廷官吏を仕切るブラッド公は、そういった政治闘争に関わると、宮廷内が混乱してしまうから、政治闘争にはなるべく関わってこなかったの。

でも、今回の決闘の当事者は、ブラッド公の娘でもあるから、どうもそういうわけにもいかなくなってね。

私の家は、王党派と貴族派との間での板挟みになってるってわけ。」


「その話を何で僕にする?」


「何でって決まってるじゃない。

あなたもこれから当事者になるのよ。」


「話が見えないけど。」


「いま私たちが向かっている場所がどこか分かる?」


そういえば、いつの間にか公園を出て、王都の中央市街をずんずんと歩いて行っている。


「学園ってわけでもなさそうだな。」


リズが突然、立派な屋敷の前に立ち止まる。


「私たちが向かっていたのは、ブラッド公爵家の王都邸宅よ。」


門番や執事たちがぞろぞろと出迎えに出てくる。


「どうぞ、お入りください。」


今更、断れるという雰囲気でもなかった。


僕は、大人しくリズとともに屋敷に入っていった。

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