第10話 対話

「ブラッド公爵ミシェルだ。

よろしく頼む。」


リズとともに客間に通されて少し待つと、現れたのは、ブラッド公であった。


「シーナー辺境伯の嫡男、レイモンドです。」


「噂はかねがね、娘のリズから聞いているよ。」


温和そうな人だ。


だが、リズに似て、瞳には強い力を感じる。


「リズから何となく話を聞いています。

王党派と貴族派で政治闘争になっているそうですね。」


「そうだね、まずその話から入ろうか。

学園での決闘は、学園の中で起きたことだとして、内々で処理されたということになったが、それはあくまでも建前だった。

人の口には戸が立てられないというから、いくら夜会から決闘までの流れが学園内のことであったとしても、広まるのは一瞬だったよ。

ひっきょう、暗黙のうちに、政争の具になったんだ。

宮廷の中でも大問題になっちゃって、宮廷内は揉めに揉めているね。

うちの家系からは宮廷官吏が多く出ているから、こたびの決闘及び婚約破棄がブラッド家の顔に泥を塗ることだってカンカンでさ。

もちろん、僕もその一人さ。大事な娘のことだからね。

決闘の結果、完全にユリウス君の方に非があるということになったから、余計にうちのものどもが盛り上がっちゃって大変なんだよ。

次期王がこのような人物であっては困るということで、ユリウス君に対する非難もさることながら、ユリウス君を育て上げた王家にも責任があるということになって王家に対しても非難ごうごうってわけだ。

それで、我が公爵家でも、いっそ貴族派と組んで、王権に対してかなり強く出ようとか、果ては、王家を交代させようとかいう意見まで飛び交いだしちゃって、もう収拾がつきそうもないんだ。」


「それで、僕に何を求めておられるのですか?

僕では、そちらの内部の事情に詳しいわけでも、影響力があるわけでもありません。」


「最終的には、私がブラッド公爵家が取り仕切っているんだから、私が決着をつけるさ。

そういう話ではなくて、単純に君の意見が聞きたいだけさ。

君には娘のことで世話になったし、娘は随分と君のことを信頼しているようだ。

学園の話を聞くと、だいたい君が出てくるくらいにはね。」


リズを見やると、頬がやや赤みを帯びている。

どうやら本当らしい。

普段は悪態をついてばかりだけど、かわいいところがあるじゃないか。


「リズを助けてくれたのには本当に感謝しているんだ。

この場でお礼を言うよ。」


まあ、ほとんど成り行きで、リズがいやおうなしに僕を巻き込んだ感は否めなかったけど、確かに協力はした。


「それでね、私たちの恩人でもあるレイモンド君の意見も少し聞いておきたいんだ。」


そういうことなら、少しでもシーナー辺境伯である父の有利になるようにしておくか。


「もともとこの王国は征服王朝ですから、王権が比較的、強いと思います。

辺境伯家は代々王命を受けて犠牲を出しつつ、魔獣の森と向き合ってきましたから、強すぎる王権にあまりいい印象を持っていません。

王権の制限には個人的には賛成です。」


「それで、具体的にはどうすることが望ましいと思う?」


「もし望むなら、レイが王になってもいいと思うわよ。

今の勢いがあればあり得るわ。」

リズが口をはさむ。


リズが極端なことを言うので、びっくりしたが、すぐに気を取り直した。


「そうですね。

僕の実家のシーナー辺境伯家の軍事力、ブラッド家の宮廷官吏への影響力、貴族派の助力といったものが利用できれば、全然可能性はあるし、実際、実現できる可能性の方が高いと思います。

今は王家に対する信頼もガタガタでしょうから、相手も弱っている状況です。

でも、だからといって、王家を交代させて、僕が王になるのは良くないと考えています。

まず第一に、僕が王となることは正当ではありえても、正統性がありません。王位の継承は血統にしたがって行われますから。王国としての連続性はなくなり、また一から国を作り上げるということになります。王権をさんだつしたものであるとして、反抗する勢力に大義名分が与えられることになり、ひょっとすると、再征服の必要が生じますね。

もう一つ理由があって、何より血が流れ過ぎます。王家および王党派に対して、血で血を洗う闘争を覚悟する必要があります。勝てるでしょうが、戦った後のことを考えなければなりません。そのような大規模な内乱は、周りの国からすれば付け入るスキになります。」


「それで、レイモンド君はどうすればいいと思う?」


「落としどころとしては、王家の諮問機関を刷新して、そこに王の法令に対する同意権を与えるとかでしょうね。」


「まあ、私も似たようなことは考えたが、その理由は?」


「性急すぎる改革は、軋轢を生みすぎます。

今回の一件で明らかに王家と王党派が劣勢です。

しかし、勝ちすぎてはいけません。

勝ちすぎると、窮鼠猫を嚙むというやつで、不満が爆発し、交渉が決裂します。

和解というのはお互いに譲り合わなければありえません。

今回は和解がしたいのである以上、どちらかが一方的に勝利するのは好ましくないのです。」


「それで、具体的にはどうするのかね。」


「存在する王家の諮問機関を変革しましょう。

王の出す法令については、諮問機関の同意を得る必要があるということを追加しましょう。

諮問機関の人員については、半数を有力諸侯の互選により選任し、もう半数を王家が選ぶことにする、すなわち勅選にするというくらいがよろしいと考えます。

それで、意見が真っ二つに割れたときは、王自身が可否を決定できる。

これくらいがよろしいかと。」


「それだと、実質的に王側が決定権を握ることにならないかな。」


「いや、そうでもないです。

むしろ、有力諸侯側にかなり有利な条件だと思います。

有力諸侯側は、王家が選ぶ人員に対して働きかけて切り崩せば、王令に対して強い影響力を持つことになります。

そもそも、諮問機関に同意権を与えるだけで、大きすぎる変化です。

諮問機関とは名ばかりで、実質的には王権の決定に対する審査機関が誕生することになりますから。

何より、勝ちすぎてはいけない。

これでも僕は勝ち過ぎかもしれないと思っています。

あまりに性急すぎる改革は必ず破壊的ですが、生産的であることは案外少ないですから、気を付ける必要があります。」


「そういわれてみれば、そうだな。

王家を交代させるだとか突拍子もない提案に目が曇らされていたかもしれない。

勝ちすぎてはいけない、か。

貴族社会でも当たり前の鉄則のはずなんだが、いかんな、少し私も娘のことがあって、熱くなっていたらしい。」


「お役に立てたなら、光栄です。

有力諸侯にはうちの辺境伯家も入れてあげてほしいですね。」


「もとよりそのつもりだよ。

勢力的に大きく、軍事的にも無視できない辺境伯家については、前々から、どうにか国政に関与させておいた方がいいという話は、宮廷にもあったからね。

反乱を起こされたら、たまらないから、何らかの形で国の決定に対して影響力を持たせ、責任を負わせる仕組みが必要だとは話していたんだよ。

国政に対する関与があれば、辺境伯の反乱の大義名分は薄れるからね。」


なるほど、宮廷の中ではかねてより懸案事項でもあったようだ。


「国の意思決定については、辺境伯も一緒に決めたことだから、したがうべきでしょ、っていえるということですね。」


「そういうことだ。」


ブラッド公は満足した様子だ。


「それでね、正直いって、その話は私にとってはどうでもいいんだ。」


ブラッド公は何やら重大な話をしたいらしい。


さっきの話より重大なことというのもなかなか想像がつかない。


「と、言いますと?」


「リズの経歴に傷がついただろう?」


ん?まさか?


「その責任の一端はレイモンド君にもあるよね。

だから、責任を取ってほしいんだ。」


「そうですかね?

僕はどちらかというと、巻き込まれたという側面が強くて、責任を取るよう求められる立場でもないと思いますが。」


「いやいや、そういうことじゃないんだ。」


じゃあ、どういうことなんだよ。とツッコミをいれたくなったが、我慢した。

何とか強引に結論に持ち込みたいらしい。


「レイモンド君に今日一番聞きたかったことはね、うちのリズをどう思っているかということなんだ。」


「どう思っているとは?」

あえてとりあえずとぼけてみる。


「もちろん、好きか嫌いかということだよ。

男女の仲として。」


逃げ場のない質問が飛んできた。


好きでないといえば、私のかわいい娘のどこが不満なのだと大変な剣幕になり、問い詰められに違いない。

それはそれで面倒なことになる。

そうである以上、僕には次の答え以外が許されていない


「それは、もちろん、憎からず思っております。」


「それは上々、是非ともリズと婚約してくれないか?

君の父上とはもう話をつけてあるんだ。

こんないい話はないから、レイモンド君が了承してくれさえすれば、是非ともそうしたいと父上は喜んでおられたよ。」


既に外堀から埋められていたらしい。


家族と相談したいという手も使えないし、リズに対する気持ちについてはさきほど言質を取られているから、ちょっと気持ちを整理したいとかいう手も使えない。


「そういえば、有力諸侯同士の婚姻には、王家の同意が必要ではなかったのですか?」


「そうだね。

過度な勢力拡大を防ぐために有力諸侯同士の婚姻には王家の同意が必要だが、リズに関しては特許がおりているんだ。

今回、ユリウス君の都合で婚約が駄目になった代わりに、リズに関しては相手を自由に選んでよいという許可を王家からいただいている。」


いよいよ完全に逃げ場はない。

詰んだらしい。

ダメだ。


もう何も思いつかない。


額にツーっと汗が流れる。


「どうしたんだい?

それで、君はこの話をどう思っているんだい?」


何も言い訳が思いつかない以上、返事は一つしかありえない。


「ぜ、是非ともそのお話を受けさせていただきたいと思います。」


「良かったよ。

まさか、断られる訳はないと思っていたからね。

これからは私のことはお義父さんと呼んでくれてもいいんだよ。」


ブラッド公はニコニコして言った。

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