第8話 決闘のその後
決闘が終わって、とりあえず、学園内をぶらぶらと歩いた。
みなまだ闘技場でお通夜をやっているのか、学園内は閑散としていた。
休日だし、先生方は当番の先生くらいしかいないはずだから、先生たちもあまり姿をみない。
だらだらと校舎周りを歩いてみたりした。
これからどうなるんだろうか。
まあ、決闘の後処理は本人のエリザベスに任せておけばいいだろう。
何とはなしに夜会で使用したホールに足が向かった。
決闘を申し込まれた夜会は、昨日のことなのだが、不思議と、遠い昔のように感じる。
昨日星空を眺めたバルコニーへ足を運ぶと、赤髪のツインテールの少女が手すりに体を持たれかけていた。
エリザベスだ。
向こうがこちらに気づき、口を開く。
「どうして、ここにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ。
決闘の後の処理はどうした?」
「それどころじゃなかったみたいで、また後日ってことになったわ。
それよりあなたは部屋で休んだらどう?
疲れたんじゃない?」
「必要ない。そんなに疲れてない。」
「見てたわ。目立たないよう人陰に隠れてだけど。」
昨日リンチにあったばかりで、人が怖かったのもあるだろう。
何より、ヘイトがエリザベスと僕に向いているいま、周囲の人が彼女に牙をむくこともありえるだろうから、人陰に身を潜めて、様子をうかがっていたらしい。
「ちゃんと決闘は見たわ。
あなた、本当に強かったのね。」
「どうだろうね。
僕が強いというより、彼らがまだまだ未熟なだけだよ。」
「あんなに実力差があったらそう思う人の方が少ないでしょうけど、あなたがそういうなら、そういうことにしとくわ。」
エリザベスはいったん口をつぐんでから、遠くのほうを見詰めていた。
ふと、彼女が言葉を発する。
「私ね、ずっと、ユリウスの婚約者として振舞ってきたし、何よりそうであるべきだという風に育てられてきたの。
何年間も、何年間もね。
だから、昨日の夜、ユリウスがあの女の肩を持つのを見てひどく腹が立ったわ。
ううん、腹が立つというのとも違うかも。
そうね、そうだわ。
腹が立ったというよりもむしろ絶望したわ。
私、何のために生きてきたのかって。」
僕は、何も言うことができない。
これまた面倒くさくて重たい話をされても困るんだよなという思いと、そんなを僕にするくらい僕を信用してくれているんだなという思いとが入り交じった複雑な気持ちになった。
面倒くさいと思っているのか、うれしいと思っているのか自分でもよく分からなかった。
「そのまま激情に身を委ねて、自分でも訳も分からず、いつの間にか決闘騒ぎになっちゃって。
向こうの代理人がユリウスたちだっていうことになってから、ようやく周りに人がいないことが見えてきて、仲間がいないことに気が付いたわ。
どうしようかと思ったけど、天啓がひらめいたの。
あのときのことを思えば、やっぱり神様っているんだと思いたくなるわ。
叔父上が監察官報告で知ったそうなんだけど、辺境伯のせがれにすごいのがいるらしいぞって話していたのを思い出したのよ。
そんなこと話していいのかなと思ったけど、宮廷官吏の中では公然の秘密になっているみたいだそうよ。
もっとも、叔父自身も、その報告に関しては半信半疑みたいだったから、本当に強い人なのか不安は少しあったけどね。
引き受けてくれるか分からないけれど、とにかくあなたのことが頭に浮かんだってわけ。
でも、もう他にあてもないし、藁にもすがる思いで、あなたに決めたの。」
「だからといって、同じクラスとはいえ、ほぼ初対面の奴に頼むか?」
「いや、その前からあなたのことを知ってはいたのよ。
クラス名簿にあなたの名前を見つけて、あの叔父上がいってた人だと思ったわ。
つまり、入学したてのころから知ってはいたの。
で、どんな人なのかなと思って観察してみたけど、あなた、同級生の友達全然いないのね。
いつも独りぼっち。
教室でも食堂でもどこでも独りぼっち。」
「余計なお世話だ。」
「友達もいなさそうだし、寂しそうに見えたから、くみしやすそうかなって、前々から思ってたの。」
「そうかい、それで俺が抜擢されたのか。」
結構、腹黒いな、この女。
人のことはよく見ているようだ。
人の弱点とか探らせたら天下一、っていうタイプだな。
数分だろうか、あるいは、一分も経っていないかもしれないが、沈黙が流れた。
別に気まずい沈黙というわけではなかった。
ただ話すことがないから、話さないだけだ。
顔を上げれば、決闘は午前中に終わったから、外はまだまだ明るい。
青い空に、白い雲、青々と草木がおいしげる山。
もくもくとたちのぼるような入道雲が、もうすぐ夏だということを教えてくれる。
彼女は外をみやって言う。
「時々、無性に遠くの方を眺めたくなるときってない?
私にはあるわ。
空の青さと山の緑とが自分の悩みのちっぽけさを証明しているみたいで、好きなの。」
「えらく感傷的なことをいうね。」
「似合わないかしら。」
「いや、別に。」
僕は肩をすくめる。
「誰だって、感傷的になるたくなるときだってあるし、悩みくらいある。
例えば、僕だったら、友達がいないこととかが悩みといえば悩みかな。」
「何それ。
そんなちっぽけなことで悩んでるの?
あきれたわ。」
「仕方ないだろ、こればっかりは。
友達は売ってないしね。」
「何当り前のこと言ってるのよ。
あなたって変な人ね。
それくらいなら私でもかなえてあげられるくらいの願いだわ。
だから、だからね。」
彼女は僕に笑いかけてこう言った。
「約束通り、私が友達になってあげる。」
僕は、その笑顔に見とれてしまい、一瞬、言葉に詰まった。
「そうかい、そりゃどうも。」
と返しておいた。
顔が赤くなっていないだろうか、見られたくなくて、顔を背けてしまった。
僕はこれ以上話すこともないと思って、立ち去ることにした。
決闘によってすべてが丸くおさまったわけではなかった。
それもそうだ。
人と人が真剣に争えば、そんな簡単に決着がつく者でもない。
できることといえば、丸く収まったかのようにふるまうことだけだ。
決闘の後の処理はつつがなく行われたとは、お世辞にもいえなかった。
キャサリン側はごねにごねて、キャサリンの退学を免れようとしたらしい。
エリザベスにどうしたらよいと思うか、僕に意見を聞いてきたが、あくまで自分は決闘の代理人に過ぎないから、その辺は好きにやってくれと答えておいた。
最終的に、エリザベスが折れた結果、ユリウスの責任の下で、婚約は解消され、キャサリンの退学は無し、ということになったらしい。
キャサリンの退学を阻止するために、ユリウスたちは文字通りなんでもしたらしい。
ユリウスたちは土下座までして、エリザベスに頼み込んだそうだ。
ユリウスたちにそこまでさせるほど、キャサリンはいつの間にか彼らを篭絡していたらしい。
その話をエリザベスから聞いて、ちょっと引いた。
エリザベス自身も吐き捨てるように、そのときの様子を僕に話した。
元とはいえ、婚約者が無様な姿をさらしているのが鼻持ちならなかったに違いない。
相当腹立たしげだった。
あと、ユリウスたちに話を聞いて分かったことがいろいろとあったそうだ。
キャサリンに対する嫌がらせは、エリザベスの取り巻きがやったことだったが、実行犯たちはユリウスたちに事情を聴取されたときに、エリザベスに罪をなすり付けたらしい。
皇太子御一行にとがめられたら、お先真っ暗だと思い、保身に走って、自分の罪をなるべく軽くしようとした結果、エリザベスにすべての責任を押し付けることにしたのだろう。
エリザベス自身はそんなくだらないことを指示した覚えはないといっているから、彼女のことを信用すれば、そういうことになるだろう。
キャサリンに対する嫌がらせを嬉々として率先してやっていたのが、エリザベスのような上級貴族ではなく、むしろ下級貴族だと聞くと、ぽっと出に厳しいのは、上位貴族というよりも、下級貴族の方なのかもしれないと思って、興味深かった。
よほど、うっぷんが溜まっているのだろうか。
あるいは、下級貴族の方が身分制に関して敏感なのかもしれない。
まあ、なんにせよ、とりあえず、決闘騒ぎはこれで終了だと思った。
少なくとも僕の中では終わったはずだった。
僕自身は終わりだと思っていたのだが、残念ながら周りはそうは思わないらしい。
僕は、今まで通り、いや、今までよりも、より一層、誰からも話しかけてもらえなくなった。
ただ一人、エリザベスを除いては。
「あなた、やっぱり独りぼっちなのね。
やっぱり今まで通り、独りで授業を受けて、独りでご飯を食べて、独り寂しく枕を濡らして眠るのかしら。」
「何で、僕が、毎日眠るときに泣いていることになってるんだ。
確かに授業もご飯も一人だが、寂しさのあまり、泣きながら眠った、なんて経験はないよ。
そういう君はどうなんだい?
見たところ、君の周りには誰もいないようだけど。」
「そうね、経歴に傷がついたことには違いないわね。
いくらユリウス側の都合で、婚約破棄がされたという建前があっても、王族とひと悶着起こした人とわざわざ仲良くしようという子はいないわ。」
「現金な話だな。」
「そういうものよ。
みんなわが身が可愛いもの。」
「達観してるんだね。
それじゃあ、結局、君も独りぼっちかい?」
「そういうことになるわね。
さて、前にも言った通り、あなたの友達になってあげる。」
「その話は冗談じゃなかったのか。」
「当り前よ。
私のことはリズでいいわ。親しい人はそう呼ぶもの。」
「なら、僕もレイでいいよ。」
よく分からんが、いつの間にか僕にも友達ができたらしい。
しばらくは、寂しいと思うこともないはずだ。
さしずめ、ひとりぼっちのふたりってところだが。
案外、悪くないかもしれない。
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