第7話 決闘
沈黙をもって同意とされたらしく、僕の意見は聞かれないまま、僕が代理人となった。
その後、とんとん拍子で話が進んでいった。
キャサリン側が勝てば、ユリウスとエリザベスとの婚約破棄がエリザベス側の問題が原因とされエリザベスが退学し、エリザベス側が勝てば、婚約破棄はユリウス側の都合ということで処理され、キャサリンが退学するということが決められた。
これだけのけちがついてしまうと、婚約を継続することは不可能だという結論に至ったのだろう。
どちらが勝っても負けても、婚約破棄は確定事項であり、その原因および責任がどちら側にあるのかということが決闘により決着をつけることになった。
まあ、それ自体は納得できないでもない。
翌日がちょうど授業のない休日だということなので、翌日執り行われることになった。
夜会が解散となると、生徒たちは四散し、僕はエリザベスと二人になった。
二人で、バルコニーで少し夜風に当たった。
僕から口を開く。
「どうして、あんなことしたんだい?」
「あんなことって、どれのこと?
ユリウスたちに反論したことかしら、それとも、決闘を申し込んだことかしら、あるいは、あなたを代理人に指名したことかしら。」
「全部だよ。
君がユリウスたちに許しを請えば、厳しい処断はあり得なかった。向こうも謝ってくる相手に追い打ちをかけることはできないから、和解ということになっただろう。
だいたい、決闘を申し込んでも、キャサリンにはユリウスがついていたから、君に味方するものはいるはずもない。相手はじきに王になる人物だ。誰も正面切って戦いたくなどない。
そして、どうして僕を指名した。僕は面倒ごとに巻き込まれたくなどない。」
「仕方ないじゃない。」
その一言が雄弁にすべてを語っていた。
人生でそうあることではないから当たり前だが、公開の場で、あのようなひどい屈辱を受けたのは初めてだったのだろう。
憤怒と羞恥とが入り混じり自分を抑えきれなかった。
抑えきれないほどの激情にあっては仕方ない。
そういうことだろう。
「とりあえず、これだけは聞かせてくれ。
どうして僕なんだ。どうして君は僕を選んだんだ。
そして、僕に何の利益がある。」
「あなたが強いと聞いたから。
そして、あなたにとっての利益は私という友人が得られるということよ。
光栄に思いなさい。」
エリザベスはその薄い胸を張り、空元気でそういった。
左手は腰に当てられていたが、彼女は右のこぶしを握り締めていた。
「あんまり力を入れると、爪が痛むし、血が出るよ。」
彼女の右手を取って、ほぐしてやる。
きつく握りしめるあまり、爪の跡がくっきりと残り、てのひらが赤く変色してしまっていた。
耐えがたいことだっただろう。
怒りがこみ上げたにちがいない。
それに、いくら高飛車で、豪胆だからというっても、彼女だって、あんなリンチにあえば、心細くもなるだろう。
まるで、世界全体が自分の敵になったかのように錯覚したに違いない。
「とりあえず今日はもう休もう。」
「そうね。あたしも、今日は少し疲れたわ。」
もう夜も遅いし、彼女にとっても今日はあまりにも多くのことが起こり過ぎて疲れただろうし、自分も明日に備えて休まなければならないから、女子寮まで彼女を送り届け、自分も寮に戻った。
ベッドに横になった。
とにかく、明日の決闘に備えて寝ようと思い、目を閉じた。
あなたが強いと聞いたというのは、宮廷官吏の中では知れ渡っているということで、宮廷に勤める親族から聞きつけただろうか。
私という友人を得られるというのが利益だというのは、どういいうつもりで言っているのだろうか。
さまざまなことが頭によぎったが、いろいろなことが起きすぎて僕もつかれていたようで、いつの間にか眠っていた。
決闘はもともと闇討ちを阻止し、過剰な報復をやめさせるために導入された制度だそうだ。
闇討ちや報復合戦になって紛争が泥沼化しないように、公開の場ではっきりと決着をつけるという仕組みを制度化したということだそう。
決闘は基本的に、機械騎士をもって行われる。
つまり、僕も機械騎士を使わなければならないのだが、魔導騎士アンドゥレイアを決闘で用いていいのだろうか。
朝一番でカオルさんに会って事情を説明したが、魔導騎士を使用しても、大丈夫だろうということだ。
機械騎士と魔導騎士は見た目はあまり変わらないし、動力や仕組みについては協会以外は関知していないことだから、違いは分からないだろう。とのことだ。
アンドゥレイアという力を見せつけるのは控えるべきだとはかねてから思っていたが、必要なときに使わなければ宝の持ち腐れというやつであり、それこそもったいないことだし、それでかえって自分の立場が悪くなるのなら本末転倒だ。
負けることも考えたが、武門としてのシーナー家に泥を塗ることになる。
ここは全力で勝たせてもらいに行こう。
今回こそ、まさにアンドゥレイアが必要なときにあたるだろう。
アンドゥレイアには時々、カオルさんの伝手で、学園の闘技場を貸し切って、動作確認をしていたから、操作自体には問題がない。
もっとも、アンドゥレイアに乗っての実戦はここ数か月していないから、訓練不足の感は否めない。
シノノメと対人戦の練習をしているが、まだまだ日は浅いし、どれくらい通じるか不明だ。
不安がないといえば嘘になる。
相手は全員、機械騎士もちで、特注品だと聞く。
そして、五人全員が代理人として僕と戦うそうだ。
普通に考えたら数の差が圧倒的でずるい気がするが、その辺がおとがめなしなのは皇太子御一行だからだろうか。
流石、権力者といった感じだ。
ゲームでも、五人はいずれも強かった。
ストーリーを進めて戦闘が発生することがあれば攻略対象を伴って解決するのだが、大体の場合別に戦闘のアクションのミニゲームは五人の誰かをもってすれば、高難易度ではなかった。
決闘は、代理人が機械騎士に乗り込むところから始まる。
替え玉を防ぐために一度、顔を審判員に見せなければならず、それまでは、機械騎士に乗らず、待機しなければならない。
生身のまま闘技場の中心の舞台に立った。
闘技場に入ると、観客からは罵倒の嵐だった。
「ユリウス様に挑むとは身の程を知れ!」
「あの五人に勝てると思っているのか!」
などなど、飲み物のカップやら食べ物やら、果ては石まで、いろいろなものが飛んできたが、我慢した。
ここで怒っても何ができるわけでもない。
飲み物と食べ物が手元にあるのは分かるが、石は僕に投げつけるためにわざわざ持ってきたのだろうか?
石が観客席に転がっているわけもないから、きっとそうなのだろうが、ご苦労なことだ。
そんなことを考えて気を紛らわせた。
少し時間に遅れて、キャサリン側の代理人五人がやってきた。
いずれもカラーリングされた機械騎士を有している。
ユリウスは金色
アーサーは緑色
トマスは青色
グレイは灰色
アルスは栗色
というようにイメージカラーともなっている自身の髪色に合わせて塗装された機械騎士である。
どの機械騎士も特注で、特別な特徴をいずれも有していた気がする。
金色は攻撃力が高い
緑色は自動回復がある
青色は高速移動
栗色は仲間にバフをかけられる
灰色が何だったか忘れたが、使いやすい能力ではなかった気がする。
ゲームを自分で攻略したときは全然使わなかった記憶があるのみだ。
キャサリンが五人に対し、みんな頑張れと勇気づけているのが見える。
それにしても、キャサリンはよく短期間でこの五人を攻略したな。
キャサリンはゆるふわウェーブの金髪に愛嬌のある優しげな顔をしている。
あのかわいらしさで微笑まれたりしたら、落ちてしまうのも無理はない。
ユリウスたちがキャサリンにたらしこまれたとしてもあまり責めることができない気がしてきた。
だからといって、こちらが手を抜く理由はないし、手を抜かなくても負けるかもしれない。
「レイモンド、お前、学園でも優秀なこの五人を相手取って勝つつもりか?
身の程を知った方がいいぜ。」
ワイルド系なトマスがいいだす。
「君は人を馬鹿にしないと、生きて行かないのかい?」
僕にも昔、あっただろう。
ちょっと悪ぶっているのがかっこいいと思ってしまう時期が。
今から考えれば恥ずかしい限りだが、前世の中学生くらいの頃、言葉遣いをあえて乱暴にしてみたり、物を粗雑に扱ってみたりして、親に怒られた記憶があるな。
こいつも後々恥ずかしく思えてくるんだろうな。
と思うと、少し同情した。
審判員が入場する。
「準備はいいか?」
両者頷く。
向こうはトマスが先鋒らしい。
「双方、機械騎士に乗り込め。」
その合図により、僕とトマスがコックピット部分に乗り込み、位置に着く。
刀をゆっくりと取り出す。
いつ見ても美しい刀身だ。
これで負けたら、いつもお世話になっているカオルさんにも顔向けできないな。
しかし、今は試合に集中しよう。
そう思って、気持ちを切り替える。
「試合開始。」
と審判が叫ぶ。
先手必勝。
僕は、一気に袈裟に切りかかった。
トマスはまったく反応できず、そのまま機械騎士の右手が切り落とされた。
相手は動揺している。
好機だ。
そのまま返す刀で、左手を切り落とし、踏み込んで、腰を低く落として横なぎに両足を刈り取った。
相手は四肢をもがれて完全に動きようがなくなった。
審判は茫然としていたが、やにわに気を取り直し、僕の勝利を宣言した。
一戦目で分かったことがある。
こいつら、弱すぎる。
よくよく考えてみれば、まだまだゲームの序盤であり、育成の初期なのだ。
トマスだって同年代に比べれば弱くないだろうし、騎士団長の息子ということもあって、剣の心得もあっただろう。
しかし、僕は魔獣狩りに参加し、対人ではないとはいえ、実戦を積んでいるし、魔導騎士アンドゥレイアと機械騎士では性能差がある。
この勝負、最初から負けるわけがなかったのだ。
「嘘だろ、トマスが敗れた、だと。」
会場は沈黙に包まれた。
余りの差に少しかわいそうだった。
「次はもう、残りの四人全員でかかってきていいよ。」
と僕が言うと、観客席は再び火が付いた。
「なめ腐りやがって、あいつ。」などという僕に対する罵倒の言葉もあったが、ユリウス側を応援するシュプレヒコールが次第に声を増していた。
「ユリウス!、ユリウス!、ユリウス!」
あいつ人望あるんだな。
まあ、見た目は抜群にいいし、何より次の王様だからな。
みんなの支持が集まりやすいのも分かる。
残りの四人が勢ぞろいし、目の前で並んでいる。
もう決着は目に見えている。
だというのに、目の前に立つのだから、あちらさん、気合いだけは十分らしい。
「君は随分余裕そうだが、私たちが負けることはあり得ない。
この最高の仲間たちとともに勝利を勝ち取るのだ。」
ユリウスがそう宣言し、聴衆を沸かせる。
では、最初に負けちゃったトマス君は仲間じゃないってことなのかな、と心の中であげ足を取りながら、上ずる心を静める。
金色、緑色、灰色、栗色の四つの機械騎士とあいまみえる。
恐らく、まず司令塔になるであろうユリウスをつぶせば、あとは大混乱になって各個撃破すれば、おしまいだろう。
そう算段をつけたところで、審判が試合開始を宣言する。
僕は、アンドゥレイアの機動力を生かして、高く跳躍し、空中で半回転しながら、ユリウスの後ろを取る。
がら空きだ。
黄金の頭を左手で握りつぶす。
機械騎士は頭部に周囲の情報を把握するセンサーの類が集中しているらしく、そこを失えば、大幅に機能不全に陥る。
ユリウスの機械騎士は沈黙した。
他の奴らの動きが明らかに鈍くなる。
後のことは語るに落ちるというやつだ。
面白いことも見せ場も全然ない。
彼らを一人ずつ、なで斬りにしていったら、終わっていた。
完膚なきまでに叩きのめしてしまった。
審判員も唖然として、開いた口が塞がらないといった様子だった。
審判が何も言わないので、僕が言うしかない。
「僕の勝ちです。
よもや、卑怯だとか不正だとか言いませんよね。
これだけの人数差があったんですし。」
僕には相手をいたぶる趣味もなければ、相手を罵倒する趣味もないから、それ以上は何も言わない。
闘技場は、ほとんどお通夜の状態であり、僕が何か言っても何にもならないと判断して、僕はその場を後にした。
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