第6話 学園生活
メインキャラとは関わらない。
そう誓ったはずだったが、重要なことを忘れていた。
学園では、家の爵位と格の高さで概ねクラス分けがなされる。
高いほうから数字の小さいクラスに割り振られていく。
例えば、王族や有力諸侯などが、優先的に第一クラスに集められる。
当然、皇太子ら攻略対象は基本的に第一クラスになる。
身分の違うものを混ぜるよりも、同じくらいの家格で集めた方が、同質性が高いほうが面倒ごとが少なくて済むという判断なのだろう。
シーナー辺境伯家は大規模な所領を持つ領主貴族であり、王国内でも有力な貴族の家系である。
もちろん、第一クラスに割り振られる。
教室に入る直前に、教職員がクラスの割り振りが書かれた紙を見て、ギョッとするのと同時に、何でそのことを忘れていたのだろうと自分を責めた。
名簿には皇太子ユリウス・ゴールデンベルク、宰相の息子アーサー・パウエル、皇太子の従者であるアルス・ブラウンの名が見えた。
それに加えて、悪役令嬢のエリザベス・ブラッドまで名前があった。
ちなみに、主人公キャサリンは庶民生活が長いため、第一クラスではない。
そりゃそうだよな。
皇太子とその婚約者を同じクラスにして、仲良くなってもらった方が良い。将来皇太子の補佐を宰相として務める可能性が高いアーサーも一緒にしておこう。皇太子の従者なのだから同じクラスにせねばお世話ができないだろう。
そんな風に学園側が判断するのももっともな話だ。
とにかくかかわると面倒なイベントに巻き込まれかねない。
というわけで、とりあえず、窓際の教壇から最も遠い一番奥に自分の席を確保し、机に突っ伏す。
関わらない、関わらない、と心の中で念仏のように唱えていると、歓声とともに、誰かが入ってきた。
少し頭を上げて、確認する。
ユリウスだ。
金髪の美丈夫が、その髪を風になびかせながら登場した。
男でロン毛が似合うのはこいつくらいだろうと思った。
スタスタと颯爽と登場したそいつは、僕のところまできてこうのたまった。
「僕にそこの席を明け渡しなさい。
みんなのことをよく見ておくのも、将来王となるべき者の務めだからね。」
流石です。殿下は、将来のために今から高い意識をお持ちなのですね。などと、周りの取り巻きが皇太子を褒めたたえる。
僕は唖然としてにわかに言葉が出なかった。
正直に言って気持ち悪さしか感じなかった。
「どうぞ。」
といって席を立つ。
「ありがとう。」
と言われたので、
「いえいえ、殿下のお役に立てたのなら光栄でございます。」
と、当たり障りのない感じで返事をしておいた。
できるだけ遠くの席に座ろうと思い、教室の最前列の出入り口のそばにした。
一番後ろの列から皇太子とその従者、婚約者、宰相の息子などの王家に近い家系の人物が座っていった。
皇太子御一行を見やると、特に攻略対象の容姿だけはやたらにいい。
皇太子ユリウスは言わずもがなだが、緑の髪をした宰相の息子アーサー、栗色の髪をしたアルスは別格に容貌が整って見える。
まあ、放っておけばいいだろう。
適当に午前中の授業を過ごすと、学園には大食堂があり、そこで生徒たちは食事をとることになっているので、食堂へ行く。
友達はいない。
前世でも友達の作り方は分からなかったし、仕方がない。
そう考えて、大食堂で一人寂しく、食事をとった。
独りでいると余計なことを考えがちになる。
孤独と孤高は何が違うのだろうか。
孤高は自分自身で満ち足りている場合を言い、孤独は自分自身だけでは満ち足りていないが一人である状態をいうといってみるがどうだろうか。
自分自身が満ち足りているかどうかは自分にしか分からないとよく言うが、自分にだってよく分からないという方が僕の実感に合っている。
足るを知る者は富むというが、足るを知るというのは足るを知った者にしかわかりはしないし、僕は自分がそれを知っていると言い切れいる自信はない。
よって、端的にこういえばいい。孤独と孤高は同じものの別称である。
すなわち、孤独は蔑称であり、孤高は孤独の美称だ。
この手のくだらない話は国語の教科書や国語のテストの問題文によく出てきたよなと、一人少し愉快な気分になった。
少し騒ぎになっている。
なんだろうと思って見やると、皇太子様とその取り巻きの所へキャサリンが混ざっているらしい。
その光景を見て、大体察しがついた。
ゲームでも同じ展開があったはずだ。
食堂の窓際の日の辺りが最もいい場所は王族が座るのが通例であり、皆それに従って座らないのだが、庶民暮らしが長いキャサリンはそのことに気が付かず、ラッキーだと思ってその席に座ってしまう。
皇太子の取り巻きが追い払おうとするのだが、キャサリンは皇太子の入学式でのスピーチを盾に取り、「学園の中ではみな平等である」から、自分がここに座ってもいいはずだと言い出す。
こいつは一本取られたといって、皇太子がキャサリンに隣の席を使ってい良いか尋ね、彼女の許可を得て、一緒に食事をとりだす。
そんなイベントだった。
大体、明らかにそこの席は誰も座らないのなら、何か理由があるに違いないと思う方が普通であろう。学園になじめず、周りの人たちが教えてくれないからといっても、限度があるだろう。
それに、学園の中では平等だと言ってみたところで、貴族の階級に応じてのクラス分けなど、様々な点で異なるところがあるが、それについてすべて異議申し立てでもするつもりなのだろうか。
他にもいろいろ突っ込みどころが満載な気がするが、物語の進行上、こうでもしないと、主人公と皇太子の出会いのエピソードをつくれなかったのだろう。
正直このエピソードは頭が沸いているのかと思ったが、良くあるお約束なのだろうと自分としては無理やり飲み込んだ思い出がある。
これ以来、キャサリンは皇太子のお気に入りになったらしい。
無聊の慰めとなったのは、朝の手合わせであり、特にやることもなかった。
学園の授業は、貴族としての常識だとか礼儀作法だとかが中心で、それは上流貴族家門であれば、既に習得済みであり、うちも上流貴族の端くれとして、その分に漏れず、家庭教師の先生にみっちりと教えてもらったものだった。
主人公はそういった訓練を経ていないから、当然つまはじきにあいやすい。
しかも、聞くところによると、当人がそういった訓練について学園内の平等の観点からふさわしくないと言い出しているらしい。
ゲームの時よりも過激なことを言い出している。
革命でもするつもりなのだろうか。
皇太子のお気に入りだから、ギリギリ許されているというのに気が付いていないのだろうか。
既成権力をかさに着てやる革命なぞ、ちゃんちゃらおかしいと言わざるを得ない。
大体革命なんて言うのは、血みどろになりながらやるものだと地球の歴史が証明している。
何か面倒なことが起きなければよいが、という俺の願いと裏腹に、事態は急展開していった。
事件は一学期の中頃に起きた。
月に一回程度、週末前に夜会が開催されている。
学園の生徒を集め、貴族としての社交の練習をさせておくことが目的らしい。
貴族のネットワークを広げ、あわよくば新たなコネを得ようというのを目的にして参加する人が大多数である。
僕と積極的に話そうというものはいなかった。
我が辺境伯領は王国内でも微妙な立ち位置にあり、あまり付き合ってもうまみがないと判断されたのだろう。
酷く辺境にあるし、別に王族と近しいわけでも、宮廷に対して影響力があるというわけでもないから、仕方のない話だ。
僕は、食事もそこそこに壁際で適当に時間をつぶしたり、ひとけのないバルコニーで、何となく星を眺めて時間をつぶしたりした。
生徒たちは暇つぶしも兼ねつつ、日々の夜会に参加しており、ひょっとすると運命の出会いがあるかもと期待している人も少なくないだろう。
が、そのようなロマンチックな夜に水を差す者もいた。
徐々に気温が高くなってきて、夜風が気持ちいい季節になったなあなどと思いながら、窓際で涼んでいたのだが、喧騒が聞こえてきた。
中心にはキャサリンと皇太子御一行が見える。
キャサリンがまた何かやらかしたらしい。
相手は鮮血のように真っ赤な髪をツインテールに結んだ派手な格好をしている。
見間違えようがない。
相手は婚約者で悪役令嬢のエリザベス・ブラッドだ。
これで大体想像がつく。
いわゆる断罪イベントだろう。
エリザベスがキャサリンに対してした仕打ちを糾弾し、ユリウスとエリザベスとの婚約を解消させるのが目的なのだろう。
よくよく見ると、驚いたことに攻略対象が勢ぞろいしている。
攻略対象は分かりやすく特徴がつけられていて、髪の色で覚えやすい。
金髪で皇太子 ユリウス・ゴールデンベルク
緑髪で宰相の息子 アーサー・パウエル
青髪で騎士団長の息子 トマス・カエタニ
灰色の髪で豪商の息子 グレイ・オーウェン
栗色の髪で皇太子の従者 アルス・ブラウン
これだけキャサリンのそばに勢ぞろいしているということはいわゆる逆ハーレムを見事築き上げたということだろう。
しかし、この短期間でここまで親密になれたというのも不自然だ。
もしかしたら、キャサリンも転生者かもしれない。
その可能性を考慮に入れながら行動した方がいいだろう。
そう思い当たったところで、この一大事件は佳境に入ったらしかった。
「私は、この学園に入って、皆様と仲良くなりたかったのです。
しかし、不運なことにそれを面白く思わない方もいるようで、私は、いろいろな嫌がらせを陰に陽に受けてまいりました。
そこで、ユリウス様にご相談したところ、犯人捜しに協力してくださるということで、様々なご協力をいただきました。」
などと、白々しいことを言っているのが聞こえる。
犯人探しなんていうのは仲良くしたい人間がやることじゃないだろうに。
本当に仲良くしたいなら、こんな公の場所で糾弾せずに、内々で手打ちで終わらせればいいはずだ。
キャサリンの言葉を引き継いで、ユリウスが口を開く。
「今キャサリンのいったように私や私の仲間が調査に協力したところ、次のような事実が判明した。
キャサリンに対する嫌がらせの数々については、エリザベス、君が関わっている場合が圧倒的に多かったことが判明している。
君には失望したよ。
君との婚約は解消したい。」
どうやって調べたのか気になるし、まず糾弾するなら実行犯からなのではといぶかしく思った。
どうやら結論ありきの茶番が始まったようだ。
皇太子の従者アルスがうつむきがちに悲しそうに、そして吐き捨てるように言う。
「そのような方が未来の王妃だというのは全くふさわしくないですね。」
エリザベスも毅然とした態度で応答する。
「ほとんどが貴族の慣習を破ったばかりに周りの子たちに制裁されただけでしょう。
それに、私が関わっているというのはどういうことでしょうか。
私が彼女に何か嫌がらせをしたことはありませんよ。」
騎士団長の息子トマスが正義漢ぶって、前に出てきた。
「君が指示したんだろう。」
「指示した覚えはありませんわ。」
宰相の息子アーサーが詰め寄る。
「君たちの取り巻きがそう証言してるんだ。」
「あらあら、それはそれはずいぶん一方的な話ですわ。そのかたがたの証言だけで決めつけるだなんて。」
豪商の息子グレイが口を開く。
「大体、貴族の慣習だとかくだらないよ。」
「あらまあ、最近お金を積んで、貴族の末席に名を連ねた方は貴族のルールというものについて無知であることをお恥じになるべきだわ。」
エリザベスは負けじと言い返しているが、如何せん相手が皇太子御一行であり、未来の権力者たちである。
彼女のことを誰も擁護しようとしない。
教師たちも前例がないことらしく、おろおろしている。
全く役に立たなさそうだ。
これじゃあ、公開処刑じゃないか。
「それで、私を辱めてただで済むと思っているの?」
エリザベスは気丈にふるまっていたが、あまりの事態に平常心を失ってしまっていた。
短慮は戒められるべきだというのに、それを忘れてしまうほどには冷静を欠いていた。
「キャサリン、あなたに決闘を申し込むわ。」
「決闘って何ですか。
私、よく分かりません。」
といって、ユリウスたちに助けを求める。
「大丈夫だ。私たちがついている。
代理人は私たちが引き受けよう。」
ユリウスたちがそう言いだす。
それが、決定的だった。
次期権力者にわざわざ歯向かおうという言うやつはいない。
サーっと、人がエリザベスの周りから離れていく。
薄情な奴らだ。
エリザベスの実家のブラッド公に将来宮廷官吏になる際のコネなんかを期待したんだろうが、ひとたび都合が悪くなればこれだ。
みんないなくなっていく。
エリザベスの周りから人がいなくなってしまった。
周りを見回すが、誰かが代理人に立つということもなさそうだ。
しかし、エリザベスは何を思ったか窓際で事態を静観していた僕を認めると、つかつかとこちらに歩いてきた。
「あなた、レイモンド・シーナーね。」
あっけにとられたが、短く返答する。
「そうだ。」
「この人を代理人にするわ。」
と、大声で宣言した。
「お、おい。僕はまだ何も。」
と言いかけたところで、
「お願い。」
と、絞り出したようにか細い、しかし、ハッキリとした声で僕の言葉を遮った。
彼女のまなじりに涙が溜まっているのに気が付くと、僕は何も言えなくなってしまった。
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