第5話 入学式

入寮した翌日、学園の入学式が開かれることになっていたが、入学式は午後からということなので、随分と時間があった。


鍛錬でもしておこうと、木刀を携えて屋外に出た。


手ごろな場所があるか探し回ったところ、学園の林の中に泉があり、そのほとりに決めた。


精神統一も兼ねて、一心に素振りをする。


魔導騎士アンドゥレイアは俊敏性が持ち味なのだから、瞬発力が大切だ。


人の気配に気が付き、目をやると、僕と同じ学園の生徒らしき人物が立っていた。


糸目でとらえどころのなさそうな青年で、やせているわけでも、太っているわけでもなく、引き締まっているという印象を与える。


「ここは俺が昨日、見つけた場所なんだけどな。」


「そうか、別に僕はここでなくとも構わないから、君に譲るよ。」


「ちょっと待った。少し手合わせしないか。」


青年の手にも木刀が握られていた。

刀に心得があるものなのだろう。

こちらとしても対人戦を学べる良い機会だ。


「分かった。」


とはいっても、相手の懐に入り込み、切りつけること以外知らない。


一気に踏み込み、木刀を振りぬく。


が、相手は一歩しりぞくことで、たやすくかわし、瞬時に踏み込んでくる。

見えてはいるのだが、まったく反応が追い付かない。

トンと軽く首に木刀を突き付けられる。


「筋は悪くないんだろうが、直線的に過ぎる。全体的に見え見えだ。」


「魔獣を倒すことばかりにかかりきりで、対人戦はほとんどしたことがないんだ。」


「なるほど、そうか、お前は辺境伯家の人間か。良ければ、俺が少しだけ相手になるよ。」


願ってもない提案だった。


「よろしくお願いするよ。僕はレイモンド。」


「こちらこそよろしく。俺はシノノメだ。」


午前中はとりあえず、そのままシノノメと何回か手合わせをしてみたが、結局、全敗だった。

毎朝、ここで少し訓練をつけてくれることになった。

僕に初めてできた学園での友人だ。




入学式の前に一度、部屋で汗をシャワーで流す。

部屋にシャワーがあるのは本当に便利だな。

西洋中世風の世界だけど、生活レベルは現代レベルなのはご愛嬌というやつだ。


入学式では、皇太子ユリウス・ゴールデンベルクが壇上に立ち、新入生代表のスピーチをしている。


内容は聞いてもつまらなさそうだった。

「学園の中ではみな平等である」とか「互いに切磋琢磨」とか、「教養を身につけ、国民を守るのは貴族としての務めだ」とかそういう御託を並べているらしい。

つまらん当たり障りのない話だ。現実とは必ずしも関係のない浮世離れした内容だ。


だいたいこのスピーチだって、王族や公爵家の人間がやることが通例で、今年もその例に漏れなかったらしい。

何が「学園の中ではみな平等である」だよ。

入学式からして、どうもそういうことではなさそうないみたいだが。などと内心でくさしていると、いつの間にやらユリウスのスピーチは終わっていたらしい。


続いて壇上にたったのは学園長だった。


つまらない学園長の話を聞き流しつつ、一人考えにふけった。


ゲームのシナリオをめちゃめちゃ簡単に確認しておく。

主人公のキャサリンは庶民として暮らしていたが、どうも彼女自身は高貴な家系の血をひくものだと判明し、学園に通うことになる。学園では、皇太子ユリウス・ゴールデンベルク、宰相の息子アーサー・パウエル、騎士団長の息子トマス・カエタニ 、豪商の息子グレイ・オーウェン、王家に代々使える従者の家系のアルス・ブラウンといった攻略対象に出会い、絆を深めていく。それで、攻略対象と結ばれて、ハッピーエンドってわけだ。

ただ、いきなり攻略対象と結ばれるわけもなく、絆を深めるためのイベントを引き起こすために、ストーリー進行上、何人かかたき役が必要となる。かたき役となる主な人物が、エリザベス・ブラッドとレイモンド・シーナーである。

エリザベス・ブラッドはいわゆる悪役令嬢という役割である。ブラッド公爵家は代々宮廷官吏を多く輩出してきた名門家系であり、宮廷での影響力が大きい。そのような有力貴族と王家が縁組をすることになり、エリザベスとユリウスが婚約することになったそうだ。しかし、エリザベスは口が悪く、高飛車なところがあるので、ユリウスとはあまりそりが合わない。ユリウスルートか逆ハーレムルートに入れば、エリザベス側からキャサリンは度重なるいやがらせを受け、ユリウスがキャサリンとの婚約を破棄するというイベントが起きる。

一方、レイモンドについて言えば、ゲームの本来のシナリオでは、王令が原因で両親を失い、レイモンドはことあるたびに、皇太子や宰相の息子などの王国の中枢に関わる人々に突っかかっていく。


僕は自分の命を大事にしたいから、面倒ごとに巻き込まれないよう、メインキャラクターの面々とはなるべく関わらないようにしよう。


僕は反乱を起こす気もさらさらないから、僕の死亡フラグはとっくに折れているし、辺境伯領が反乱を起こす大きな理由もないので、大丈夫だと信じたい。


確かに辺境伯領は魔獣に苦しめられ続けいているという側面もあるが、魔獣のおかげで、魔導協会とのつながりが続いているという面もあるから、魔獣の森に面した領地であることについて反乱を起こすほどの不満は生じていないと思うし、軍制改革で、随分と魔獣への対処も安定してきているから、問題ないはずだ。


学園での当面の目標は簡単だ。


ズバリ「メインキャラとは関わらない」だ。


なんと合理的なことだろうか。


我ながらこの結論に満足していたら、入学式はいつの間にか終わっていたらしい。




入学式が終わって三々五々に散らばっていく中、僕は、魔導協会学園支部に向かった。


受付で、自分の名を名乗り、カオルさんを呼んでもらうようお願いした。


「やあ、レイモンド君、どうしたんだい?」


「少し相談がありまして。魔導騎士アンドゥレイアは学園では使わないほうが良いのではないかと思いまして。」


「どうしてだい?」


「あまり目立ちたくないというか、出る杭は打たれるってやつですよ。」


正直に言うなら、本来のストーリーでは攻略対象の誰かが持つことになっていたものだから、少し気まずいということと、こんな特別なものを持っていることがばれたら、メインキャラとの関わりが生じやすいのではないかと危惧していることの二つがある。

もっとも、王家の監察官がアンドゥレイアについては直接はその活躍を見ていないにせよ、その性能についてはおおよそのことを報告しているだろうからばれているといえば、もうばれている節もあるが、これ以上は下手に拡散したくない。


「そうか、まあ気持ちは分からないでもないが、一応、こっちには運んであるし、もし必要になったら、遠慮なくいってくれ。整備はしておいてある。ただ、代わりに機械騎士を使うことはおすすめしないよ。機械騎士と魔導騎士では入力から出力までの時間が違うから、両方使うと感覚が狂ってしまうからね。」


「分かりました。ありがとうございます。」


礼を言って、その場を辞する。




アンドゥレイアが必要になるような事態に遭遇しなければいい。

まったく簡単なことだ。


その日はその後、迷いを振り切るように体を動かし、体を十二分に疲れさせてから部屋に戻り、体を洗い流す。


学生寮は個室でカギがかけられるから、プライバシーはばっちりだ。


ベッドに入ってみたが、なんだか頭がさえて、よく眠れない。


明日からの生活が不安だ。


正直、転生してから気が抜けなかったのだが、妹アンのおかげで、少し精神的に報われた気がする。


しかし、一生懸命だったから、全然気にすることができなかったが、家族は僕が乗り移ったことに気が付いていなかったのだろうか。


両親とは事務的な連絡しかしなかったが、これは無意識のうちに自分が本来のレイモンドではないことが露見してしまうことを恐れていたからではなかったか。


僕が乗り移る以前にレイモンドが書いた日記を読む限り、妹とはあまり会話を交わしていなかったようだから、それに安心して僕のよりどころとしようとしたのだろうか。

無意識であるにせよ、もしそうであれば、彼女を利用したような気がして、罪悪感がぬぐい切れない。


家族への手紙を出すよう言われていたが、これを好機ととらえて、いっそのこと自分が転生者だというべきだろうか。

そもそも両親はずっと息子のことを見てきたのだから、変化に気が付かないほうがおかしい気がする。

本当に気が付いていないなら、お宅のお子さんは異世界のおっさんに乗っ取られたんですぜとわざわざ言う必要もないだろうから、言わないままでよいだろう。

伝えたところで何があるわけでもない。ややこしくなるだけだ。

そもそも全部説明しても納得などしてもらえないだろう。

大事な息子を乗っ取られたんだから、悪魔となじられても仕方がない。

転生物で、よくある展開だと家族に告白し、和解するのだが、そんなことはあり得ないと思う。

正直が常に美徳であるのは、小中学生までだ。

もし、こちらに気が付いていないふりをしているのなら、その気遣いをわざわざ無下にする必要もない。このまま家族関係を維持しようとしてくれているのだから、こちらから何か言うべきことはない。

自分の中でそう決心した。


僕は明日からの日々に対する緊張も相まって、浅い眠りを繰り返した。




翌朝、シノノメと少し手合わせをした。


またぼろ負けだったが、習うより慣れろという言葉もある。


学園では別段何を学ぶわけでもない。

一応授業はあるが、基本的には貴族として有すべき常識や基礎的な教養などである。

実際のところ、基本的には貴族社会の社交の練習というのがむしろメインだ。


要するに基本的には暇なのである。

時間があって、相手もいるのだから、対人戦については、少しでも慣れておきたい。


毎日の日課になるだろう手合わせを終えて、部屋でシャワーを浴びる。


気合を入れなおして、身支度を終えると、部屋を出た。

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