第4話 討伐と学園入学まで

熊型魔獣の周りには機械騎士の四肢が散乱していた。


困ったクマさんだ。

機械騎士をバラバラにできるほど、強いらしい。


乱暴なクマさんは子供に嫌われちまうぞ。などと独り言を言って、気分を落ち着かせる。


「坊ちゃん、これはヤバいですぜ。」


「だから、坊ちゃんはよしてくれといってるだろ。」


いつものようなやり取りをして気を少し紛らわせる。


「僕が相手するから、みんなは下がって、周りの魔獣が乱入してきたりしないように見張ってて。」


「分かりやしたが、それだと、坊ちゃん一人で相手することになりますが。」


「だから、そういってるじゃないか。よろしく頼むよ。」


「そこまでおっしゃるなら、従いやすよ。」


そういって、騎士は僕と熊を囲むように散らばっていった。


「さあさあ、クマさんや、こちらにおいで。」


軽く挑発をする素振りを見せると、熊型魔獣は怒ってこちらに突っ込んできた。


馬型魔獣を倒した時と同じように、構え、鯉口を切る。


目前に迫る標的に対し、抜刀と同時に切りつける。


が、手ごたえがない。


魔獣はひらりと身をかわして、僕の後ろに回り込んだ。


しまったと思った時にはもう遅かった。

強力な一撃が僕を襲う。


僕は宙を舞って、木に激突する。

衝撃のあまり、空気が肺から漏れる。

胃の内容物がせりあがってくるような感覚まである。


そういった感覚を押し殺して、すぐさま立ち上がり、すんでのところで追撃を免れる。


攻撃を見破られてたか、流石に魔獣を知能がないものとして舐めすぎた。

仕方がない。正攻法で切り結ぶしかない。


覚悟を決めて、魔獣の爪を慎重に回避していく。


致命傷にならなくとも良いから、確実に相手に傷を負わせることができるタイミングを狙って、刀を振りぬく。


どれほどの時がたったのだろうか、何時間にも感じられる。


魔獣は既に傷だらけになっており、いたるところから血がふき出ている。


こちらの集中力はもう持たないし、あちらの体力も限界といったところであろうか。


これ以上は、体力が持たないと判断したらしい。

最後に向こうから、仕掛けてくる。

荒々しい動きを見せた。

ご自慢の爪を大きく振りかぶった。


「それは隙だらけだよ。」


一閃。


刀のきらめきが走った瞬間、アンドゥレイアに乗った僕は魔獣の懐まで瞬発的に走り込み、腹部を深く切り裂き、そのまま駆け抜ける。


ドシンと音がする。


振り返れば、真っ赤な夕日に戦果が照らし出されていた。

はらわたは外気にさらけだされ、熊型魔獣はその体を横たえていた。


歓声とともに騎士たちが駆け寄ってくる。


「やりましたね。坊ちゃん。」


「もうクタクタだ。」


「そりゃそうでしょう。あんなに長時間戦ってたんですから。日ももう暮れます。帰りやしょう。」


「そうだね、さっさと帰ろう。」


夕陽が返り血に染まったアンドゥレイアをも照らし出していた。


本陣に戻って、魔獣の亡骸を届け、すぐさま家に帰り、体を洗い流すと泥のように眠った。




翌朝、父親が部屋に来た。


「レイ。ありがとう。私が、早期に撤退の判断をしていればよかったのだが。」


「仕方ありません。あのとき撤退していれば、王令に背いたとか難癖をつけられかねませんから。ああするより他なかったでしょうし。」


「レイは達観しているな。」


「もう僕も大人の仲間入りですよ。」


「あんまり気を張りすぎるなよ。」


「気を付けます。」


大規模討伐作戦は基本的に成功に終わった。

父は死なず、母が狂気に侵されることもなく、無事に終わった。


僕は、自分の未来も他人の未来も変えることができる可能性があることが証明できた。


僕はうれしさがこみあげてきた。

もしも、この世界が規定通りに進むことしか許さないのならば、僕の行動はすべて徒労に終わる。


しかし、現に様々な変化が起き、実際、一つの原因を潰せたのだ。


もし、父がこの件で死んでいれば、僕がたとえ自分自身の怒りを抑えたとしても、辺境伯に仕えていた騎士たちは憤慨し、僕もそれを抑えきれた自信はない。


本当に良かった。

心からそう思って、安堵感からか、二度寝した。




昼過ぎにようやく起き出してから、屋敷周辺を散歩してみる。


アンドゥレイアの様子を見に行こうと、機械騎士の整備所に立ち寄ると、カオルさんがいた。


「こんにちは、カオルさん。」


「やあ、レイモンド君。アンドゥレイアを随分酷使したみたいだね。」


「相手が手強かったんですよ。」


「関節部分の損耗が激しいし、全体的にボコボコだし、少し、時間はかかるかな。」


「魔導騎士や機械騎士の装甲って、何からできてるんですか?」


「そいつは、魔導協会の機密事項さ。どうしても気になるなら、貴族の身分を捨てて、協会に入るしかないね。」


「ダメ元で聞いただけですよ。」


「そういや、もう数か月もすれば、王立学園に通うんだろ。アンドゥレイアは持っていくのかい?」


「学園は、機械騎士の持ち込みは可能だそうですから、そのつもりです。」


「整備はどうするつもりかい?アンドゥレイアは特別だぞ。」


そういえば失念していた。

学園にも協会の出先機関があり、そこで機械騎士の整備をしてもらえるのだが、アンドゥレイアはやや特殊で取り扱いが難しいらしい。


「私がついて行ってやろう。こう見えても、顔が広いから学園支部に配属させてもらえることになってるのさ。」


「いいんですか。ありがとうございます。」


「じゃあ、決まりだな。」


僕のためというよりも自分の研究のためなのだろうが、同じ人に担当してもらえている方が、安心感があるからな。




学園に入学するまでの間、礼儀作法を学ぶようになった。


僕は礼儀作法をみっちり叩き込まれたのだが、家庭教師のおばさんがやけに怖かったとだけ言っておく。


大規模討伐が学園入学までの一大イベントだったから、僕にとっては休憩だった。


妹がいるのだが、最近は魔獣討伐の準備が僕の生活のほとんどを占めていたので、あまり構ってやれなかった。


妹は一つ年下で、名をアンリエッタという。家族からはアンと呼ばれている。


時間があるので、久しぶりに話しかけに行こうと思って、アンの部屋に向かった。


ノックをするが反応がない。


「入るぞ。」と声をかけてから入室する。


見れば、アンは机の上で突っ伏していた。

本を読んでいるうちに眠り込んでしまったらしい。


肩ほどで切りそろえられた黒髪が窓から差し込む日光で照らされ、いわゆる天使の輪ができている。


少しアホっぽい面をさらしてはいるものの、きれいな寝顔である。


僕の気配に気づいて、むくりと起き上がり、口元を拭いてからこちらを向く。


「どうしたんですか、兄さん?」

とキリッとして見せるが、僕は笑ってしまった。


僕に笑われて、恥ずかしさのあまり、アンは顔を赤らめてしまう。


「恥ずかしがることはないさ。かわいらしいと思っただけだよ。」

と、笑顔でいう。


アンは耳まで真っ赤になった。


「それは反則ですよ、兄さん。」

とぽつりと言った。


僕は鈍感系主人公ではないので、きちんと聞き取った。


妹をデレさせることができるなんて、この体に、そして、この世界に転生していなければありえなかっただろう。


見ているかは分からないが、神に感謝した。




度々、僕は妹の部屋に遊びに行くようになった。


遊ぶといっても、基本的に話し相手になるだけだったが、かわいらしい妹の相手をするのは全く苦ではなかったし、むしろ楽しかった。


「兄さまはもうすぐ、学園に入学なさるそうですね。」


「次の年になれば、アンも入学することになるけどね。」


「私、兄さまが心配です。その、学園はあまり良いところではないそうですから。」


王立学園は王国内の貴族の子女が16歳に達すると通うことが義務付けられている学校である。元々は、王都で貴族の子女を人質にとることで、未然に各領の反乱を防ぐことが目的だったらしい。段々と時がたつにつれて、貴族の子女たちが互いの結婚相手を見つけるための出会いの場という側面が強くなり、今では、学園での恋愛をもとに結婚することも珍しくなくなってきているらしい。


貴族といっても様々な貴族がおり、一つの分け方として、ゴールデンベルク家による征服前からの貴族と征服後の貴族というものがある。征服後、ほとんどの貴族が廃され、ゴールデンベルクの血縁の者や側近などが代わりに貴族となった。例外的にごく少数の貴族のみが征服以前からの貴族であり、シーナー辺境伯家はこれに含まれる。要するに、シーナー家は学園では少数派の貴族であり、周りから必ずしも良い取り扱いを受けるとは限らず、むしろ、何らかの標的になりやすいということだ。


「三年間の学園生活のうち、二年はアンとも一緒にいられるんだから、僕はうれしいけどな。アンの制服姿も見たいし。」


「また、兄さんはそんなこといってる。」


照れ隠しに軽く僕のことを叩いてくるが、かわいいものだ。


こんな風に、妹をからかいながら、平和な日々は過ぎて行った。




とうとう、16歳になる年が来てしまい、僕は王都の学園に送られることになった。


学園に行く前日の夜、寝る前に明日出発する際に自分で持っていくべき荷物の最終確認をしていたところ、ノックの音がした。


鞄を閉じて、「どうぞ。」と一声かけると、ドアからひょっこり、アンが出てきた。


枕を抱え、パジャマ姿である。


「一緒に寝てもいい?」


可愛いい妹のお願いを、もちろん断れるわけもなかった。


「でも、明日は朝早いから、早く寝よう。」


アンは、ベッドにもぐりこんだ。


僕もベッドに入った。


月明かりに照らされて、アンのとび色の瞳が宝石のように輝いている。


「アンはきれいな目をしてるね。」

と思わず、口からこぼれた。


それを聞いて、アンはうれしそうにしていた。

「宝石はまぶたの下に大事に仕舞っておかなきゃね。」

といってアンは目を閉じた。


すやすやと寝息を立てるのを確認して、僕も目を閉じた。




とうとう出発の朝となった。


王都まではとても遠く、日の出前に出発し、途中まで馬車で行き、そこから鉄道に乗り換え、夜中に到着することになる。


家族との別れを惜しんだ。

両親と妹が見送ってくれた。


「レイ、定期的に手紙を送りなさい。楽しみに待っているから。」


アンは寂しさに耐え切れず、涙が滲んでいた。

最近ずっと一緒にいたから、寂しく感じるのも当然だ。


アンは僕の方に駆けてきて、勢いよく僕の胸に飛込んで来たので、僕は抱き留めた。


「いってらっしゃいませ。兄さま。」


「いってくるよ。アン。」


一度抱きしめてから、そういって、僕はアンに別れを告げて馬車に乗り込んだ。




馬車で途中まで行き、鉄道に乗り換える。


鉄道はまだ高価で、貴族やその子女ばかりだ。


列車の中では、僕の鞄などにつけられた家の紋章をみて、辺境伯家の者だと悟ると、皆あまり近づきたがらないという様子だった。


おかげで、僕のコンパートメントは誰も入ってこなかった。


友達の一人くらいできるのがお約束なのに、何もないことが少し悲しかった。




夜中に王都の駅に到着し、駅から徒歩数分の学園に着く。


僕と同様、学園に入学する生徒がちらほらいたが、夜中に到着する人は少数派のようだった。


寮の入り口で、管理人に書類を提示し、中に入る。


学園は全寮制で、部屋は個室だ。

個室の方が気楽でいい。


荷解きをして、シャワーで汗を流し、ベッドに入ると、その日は終わった。

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