第3話 魔導協会と討伐令

湖周辺をいくつかの区画に分けて捜索し始めたが、遺跡はその近くといえば近くだったが、候補が二つあったことや森自体が広かったこともあって、地味な探索作業は数か月もかかった。


その間には特に面白い話もなかったから、割愛し、遺跡を発見したところから話す。


遺跡は小さな丘に擬態していた。入り口は、木々に隠れており、しっかり探索しなければ分からなかっただろう。

基本的に平らな土地であるのに、ここだけ丘状に盛り上がっていたのを不審に思って、調査を念入りにしたら発見できた。


入り口の周りの木々を機械騎士によってどけてもらうと、15メートルを超えるであろう巨大な戸が現れた。


それを機械騎士によってこじ開けてもらう。


中に入ると、ホコリとカビのにおいが酷い。


何かをカバーしている大きな布をどけると、その下には、コンパクトな機械騎士がいた。


否、これこそが魔導騎士だ。


流麗なフォルムに思わず溜め息をつき、コックピット部分に登り、手を触れる。


ブオーンという重低音がなり、魔導騎士に人間の神経状に、光の筋が走る。


コックピットが開く。


「坊ちゃん、あぶねえですって。」という護衛の制止する声にも構わず、僕はコックピットに乗り込んだ。


こいつは動く。

そう直感が告げていた。


起き上がり、手を動かす。これは凄すぎる。機械騎士に乗らせてもらったことはあるが、これは段違いだ。


入力の遅延はなく、はるかに俊敏だ。

魔導騎士の名前はアンドゥレイア、機体に刻まれた文字は少なくとも僕にそう見えた。


魔導騎士を獲得したことは秘匿した方がいい。

これを聞きつければ、難癖をつけてくる貴族が絶えないことになりそうだからだ。

出る杭は打たれるというやつだ。


その後、遺跡の中身を探索した結果、多数の文書も発見できた。


魔導協会との交渉材料も獲得できたことに僕は喜びを隠せなかった。




自宅に帰り、父に会う。


「父上、古文書を発見したのですが、魔導協会に連絡を取ってもらってもよろしいでしょうか?」


「近頃、冒険者ごっこに凝っているのかと思えば、そんなことになっていたのか。とりあえず、見せてみなさい。」


「大量なため、遺跡に放置してきました。下手に触って保存状態を悪くしても、良くないでしょう。」


「分かった。一週間ぐらいしたら来るだろうから、その時の案内は任せた。というか、この件についてはレイが発見者なんだから、任せたよ」


僕に一任するという言質は取れたし、好きにやらせてもらいましょ。


結局、数日もしないうちに魔導協会の担当者が飛んできた。


遺跡に案内したところ、開いた口が塞がらないという様子だった。

「こ、こんなのは、世紀の大発見ですよ。」などといっていた。


遺跡の発見の経緯を説明して、館で交渉に移ることになった。


「僕らは別に古文書の解読はできませんし、持っていても仕方のない物なので、そちらの魔導協会に引き渡す心づもりはあるのですが、その際にいくつかお願い事があります。」


「古文書の引き渡しに対する対価ということでしょうか。」


「そうとらえてもらっても構いませんが、これからも長期にわたって信頼関係を築いていきたいとこちらでは思っております。機械騎士の整備班の常駐と、機械騎士の整備の無償化をお願いしいのです。」


「それはまた、大きく出ましたね。確かに、遺跡の古文書の量も膨大でしたが、それだけでは本部を納得させられるかどうか怪しいですね。」


「ちょっと、ついてきて下さい。あの古文書とともにあった物をお見せしたいのです。」


そういって、魔導騎士アンドゥレイアの下へ案内した。

カバーを外すと、担当者はい息をのんだ。


「僕はこれを古文書とともに発見しました。機械騎士とは本質的に異なるようで、機械騎士よりも正確かつ即座に僕の動きを反映します。」


「これはこれは、とんでもないものが出てきましたな。すぐに本文戻らねば。失礼。」


といって、あわただしく、出て行った。


僕は展開の速さに唖然とした。


次の日には、遺跡の調査隊と整備部隊が来て、こちらの要求を完全に飲む代わりに、魔導騎士の整備をもさせてほしいと懇願された。

こちらとしては、願ってもない話なので、末永くよろしくお願いします。と返しておいた。

さらに、遺跡には研究所が設立されて、多数の魔導協会の研究者が配属され、研究所の警護を依頼されたので、それも父の許可を得て承諾した。


これで、大規模掃討令の通達がいつあっても、問題ないだろう。




僕は、自分のすべきことがひと段落したので、修練を積むことに専念することにした。


剣をふるうが、しっくりこない。

もっと俊敏な動きに対応するようなものの方がいい。

例えば、刀のように。


「おっと、坊ちゃんは今日も剣術の鍛錬かい?」


「だから、坊ちゃんはやめてくださいっていったじゃないですか。カオルさん。」


振り返ると、肌は透き通るように奇麗で、美しい黒髪を伸ばした女性が立っていた。

協会から派遣されてきた研究者の一人で、魔導騎士の整備をも担当している。


「悪い悪い。レイモンド君はあまりそう呼ばれたくないんだったな。アンドゥレイアだったか、あいつは君にしか扱えないようだ。君としか同期しない。初めて起動したときに、君の神経と同期したらしい。」


なるほど、だから通常の機械騎士よりも反応が速いのだろう。

今のままでは、あまりその反応速度が生かせていないな。


「それで、何か悩んでいるように見えたけど」


「せっかくの反応速度を生かし切れていないような気がして。カオルさんは刀を知っていますか?」


「刀か、何に使うつもりだい?」


「いえ、の俊敏性を生かすには、剣よりも刀のほうが良い気がして。」


「なるほどね。それぐらいなら、こっちで用意するよ。」


「本当ですか!」


「嘘言ってどうするのさ。協会は国際的な組織だからね。いろいろと伝手があるのさ。」




数週間後、魔導騎士用の刀が届き、刀を振るう感触をつかむと、実際に使用してみたくてうずうずしだした。


護衛をつけることで、魔獣の間引きをすることを許可された。


目標の魔獣は馬型の魔獣で、脚力はすさまじく、俊敏である。足で蹴られたらひとたまりもない。

危険度は高いといえるが、アンドゥレイアの敵ではないだろう。


森に入って、数十分捜索を続けると、ついに目標を発見した。

馬型魔獣はこちらに気づき、血走った目を向けてきた。

その身に凶暴さを秘めている。


向こうもやる気満々なようだ。


にらみ合いが続く。


魔獣は後ろ足で地面の土を蹴り上げて、いつでも走り出せるぞというアピールをしてくる。


地面のえぐれ具合からしても、強靭な肉体を有していることは間違いないだろう。


僕は少し重心を落として、刀の柄に手を当て、鯉口を切る。


「来いよ、お馬さん。」

と小馬鹿にした様につぶやくと、向こうはその気配を察知したのか、堪忍袋の緒が切れたといわんばかりに僕に向かって走り始めた。


リズミカルに重い足音が響き、音が近づいてくる。


もう僕の目前に迫ってくる。


カッと眼を見開き、抜刀すると同時に首めがけて切り裂く。


一閃。


刀のきらめきが見えるやいなや、既に魔獣の頭部と胴は切り離されていた。


護衛の騎士たちが駆けよってくる。


「坊ちゃん、お見事です。」


「だから、坊ちゃんはやめてくれといつもいってるだろ」


「私らにとっては坊ちゃんですから」


「まあいい、こいつを持って帰ろう。父上に見せよう。」


そういって、刀に付着した血糊をはらってから、納刀する。

正直言って、これがやりたかったから、刀を使いたかったまである。


返り血にぬれても目立たないようにということで、カオルさんがアンドゥレイアは赤黒く塗装してくれたのだが、やっぱりかっこいいよな。


興奮冷めやらぬまま、ルンルンと鼻歌を歌いながら、家に魔獣を運んだ。




辺境伯の館に戻ると、父が深刻そうな顔をしていた。


「何かあったのですか?」


「大規模討伐命令が来たんだ。」


いつの間にかもうそんな時期になったのか、月日がたつのは早すぎる。


「そうですか。今の兵力であれば、安全に遂行できると思います。いざとなれば、僕も戦います。」


「そうならないことを願うよ。ある程度の数の魔獣と大物が一匹でも狩れれば、王家も満足するだろうし、心配することはないさ。」


王家による大規模討伐命令は、今までも定期的になされてきた。辺境伯領ひいては王国の安全を守るためという名目で行われているのだが、シーナー辺境伯の勢力を定期的にそぐために強制的に魔獣を討伐させているというのが実情だろう。

現に辺境伯領では、定期的に魔獣の間引きを行っており、領民に魔獣の被害がほとんどないにもかかわらず、今回も命令を出したことを考慮に入れれば、辺境伯領の勢力をそぐ方が主な目的なのだろう。




討伐作戦の決行の日が来た。


辺境伯領の軍が整然と森に向けて行進していく。


王家から監察官が来ているため、手を抜くわけにもいかず、きっちりと魔獣狩りはしないといけなさそうだ。


僕は父のそばで、将来のための見学ということになった。


次々にいつも狩っているレベルの魔獣を十数体ほど狩り終え、後はもうそろそろ帰還するかというところで、事件は起きた。


「伝令です。先行している第一部隊が大型の熊型魔獣により壊滅しました。」


父はにわかに顔を曇らせた。どうしようか考えあぐねているらしい。


参謀が口を開く。

「戦力の逐次投入は下策ですから、撤退か、あるいは、大幅に戦力を投入するしかないでしょう。」


まったくその通りだと僕は心の中で同意した。


そのとき、王家の監察官が口をはさんできた。


「今回は、討伐が魔獣の討伐が目的でしょう。ここでおめおめ逃げ帰るというのですか?」


まったく余計なことを言う。

もう十分魔獣は狩ったのだから、撤退でもいいはずだ。

さらに監察官は減らず口を叩く。


「部隊を壊滅させるほどの魔獣ですよ。放置しておいてはいけないのではありませんか?」


本当に余計なことしか言わないな。

そもそも、こんなに森の奥に入り込む人間はほとんどいないのだから、放置しておいても構わないはずだ。


結局、父は戦力を大幅に投入することを決断した。


「では、第二および第三を向かわせて、片をつけよう。」


その後も父はテキパキと指示を下したが、戦況はよくならなかった。


ついに、新たな伝令兵が飛んできた。


「申し上げます。第二・第三部隊について大幅に損耗あり。戦闘の継続は難しいかと。」


いよいよ困ったことになってきた。

だから、あのとき撤退しておけばよかったのに。

ここまで犠牲を出したら、かえって引くに引けなくなってきた。


父の顔を見ると、少し青ざめているようにも見えた。


「僕が行きましょう。」


「それは駄目だ。お前は跡取りだぞ。」


「父もついこの間まで最前線で戦っていたじゃないですか。それに、報告してあったでしょう。僕のは特別製ですよ。」


父は少し逡巡してかた、迷いを振り払うように僕に命令した。


「レイモンド、直ちに現場へ急行し熊型魔獣を討伐せよ。」


「了解。」


そういって、すぐさま陣を出て、アンドゥレイアに乗り込む。


王家には知られたくなかったが、仕方がない。

今はこいつが必要だ。


数名の機械騎士を伴って、現場に急行することとなった。

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