第2話 軍制改革
まず、人というのは人の話を聞き入れないのが普通だ。
なぜなら、人は独立して思考しており、自分の考えと矛盾するものを容易に受け入れることは自身の人格の独立性を脅かしかねないからだ。
したがって、伝え方が重要だろう。
いろいろと思案を巡らして見た結果だが…。
結論、よく分からん。
そもそも前世からして、コミュ障である節があったし、やってみるしかない。
親子の厚い信頼関係に期待して、真摯に話してみるくらいだろう。
帰還の途中、父に話しかけた。
「あの、父上、父上はいつもあのように率先して、魔獣を狩るのでしょうか?」
「そうだ、そうしないと騎士たちに示しがつかないだろう。」
「なるほど、確かに領主貴族としての務めを果たすのは大事ですが、父上が死んだらどうするのですか。死ねば指揮官を失い、直ちに辺境伯旗下の軍は壊滅してしまいます。務めを果たすこともできなくなってしまいますよ。」
「そうならないために、日々訓練を重ねているんじゃないか」
率先垂範は美徳であるときもあるが、侵官の害という言葉もある。職分に応じた活動をしなければ、組織が成立しなくなる。何より、指揮官が死ねば、たちまち部隊は瓦解する。それ自体は当たり前の話だが、今までやってきたことを否定されるような話だと、情が受け付けないのは普通のことだ。
「もちろん、父上の努力を否定する気は毛頭ありません。たとえ、今まで死ななかったにせよ、この先、想定外の危険に遭遇するかもしれません。ましてや、戦場というのはそういった危険に満ち溢れた場所でしょ。」
「そういわれてもな、戦場はそういうものだからな。」
「他にも理由はあります。父上が陣頭指揮を行うと、全て父の手柄となって、部下が武勲を立てることができなくなってしまいます。」
「うーん、そういわれてもなあ。」
人間、最後は理屈ではない。情だ。
最後のダメ押しをしておこう。
「私は父上の身が心配なのです。まだ妹も幼いですし。」
「そうだなあ、少しやり方を変えてみるか。」
とにかく、古代とか中世のレベルから脱してもらわなければ、父の死は必定であろう。軍の将帥が直接に兵の指揮を執るなんて言うのは絶対にダメだ。
そもそも、大規模な戦闘が起きた際には、将軍がすべての戦況を仔細に至るまで把握して、将軍が直接に指示をすることは事実上不可能になる。将軍の体が一つである以上、そんなことはできないのだ。
「レイ、お前が言い出しっぺなんだから、どうしたらよいか今日中に考えておきなさい。」
「分かりました。」
それぐらいは想定範囲内だ。
この世界の十四歳はもうほとんど大人だといって、差し支えない。
もうそろそろ、大人として取り扱い、跡継ぎを養成するために、様々な課題を与えられることになってくる時期だ。
家に帰って、自室にに戻ると、プレゼンテーションの内容を考え始める。
理想は部下がすべてうまく処理してくれることなのだが、それにも欠点がある。権限を委譲しすぎると、反乱を起こされる恐れがある。今回に限れば、騎士たちは辺境伯家に強い忠誠心を抱いているようだから、問題はない。
今回問題となるのは、騎士たちは戦闘訓練に明け暮れており、十分に戦闘を戦い抜く実力はあるのだが、部隊を指揮した経験はないため、指揮官として経験不足であるということだ。
要するに、いきなり、部下に指揮権限を委譲するのは不可能だから、命令を通達することが必要になる。
となると、命令の意図を理解してそれを実行できる人は父の間近で父の戦闘を見ていた騎士たちだろうな。
父の側近を配置し、各地の戦闘の指揮に当たらせるが、その指揮の内容は将軍の命令通りとすれば、現場指揮官の負担は少ない。
要するに命令の意図を理解して、命令の内容を忠実に実行してくれることが重要だ。
こちとら、社会人経験者なんだぞ。
もともと弱い体を激務で壊すまで働いたおかげで、こんなものはお茶の子さいさいだ。
話すべきことを的確にまとめ、その日を終えた。
翌日、父の部屋に行った。
「それで、レイはどうすればいいと思うんだい」
「やることは大きく分けて二つです。現場指揮官と全体の指揮官を分けること。もう一つは、参謀をつけることです。
全体の指揮官はもちろん父上ですが、現場の指揮官は父上の意図を正確に理解し、命令の内容を実行してくれる方がよく、いつも父上に随行している騎士が適当でしょう。
そして、現場を把握し、適切に現場指揮官を統率するために情報処理を行う必要があり、父上一人だけでは処理が追い付かないことが予想されますので、参謀が必要になります。ただし、参謀としての最も重要な条件は指揮者の決定を阻害しないことであり、父上に忠実な人物がよろしいかと思います。」
「その利点は?」
「大規模な軍の統率が可能になることや、以前より複雑な作戦行動をとることが可能になります。
また、以前の戦法の欠点として、指揮官が前線の状況のみしか把握できず、全体の指揮として誤りやすいことや、前線で指揮官が敵を倒してしまうと部下が武功を立てることができないことがありましたが、新戦法を採用すれば、これらが解消されます。」
「確かに、そのうち限界が来ることは薄々気が付いてはいたが、こう口に出して言われると、問題点がはっきりしてくるな。」
「お役に立てたなら幸いです。細部については後で固めていきましょう。それに、実践を重ねるうちに洗練されていくと思います。」
「お前、言動までしっかりしてきたな。」
ドキリとした。
親にはやはり中身の変化がわかるのだろうか。
「もうすぐ大人ですから、嫌でもしっかりせざるを得ませんよ。」
などとごまかして、退出する。
ふー、と一息つく。
これでひとまず、第一関門はクリアできそうだ。
軍制改革により、父の死を回避できる可能性は随分上がったと思う。
これからどうなっていくのか楽しみだな。
明くる日、父は僕の提案通りのことをしてくれたようだ。
騎士たちは、最前線を任せてもらえてうれしそうだった。
父は常に最前線で魔獣を狩り続けてきたようだから、彼が弱いから後ろに隠れるなどという風評がたつ心配もない。
そのうちに結果も出そうだ。
結果を踏まえて、再度、調整が必要かもしれないな。
その後、魔獣の討伐は順調に回を重ねて行き、僕も見学していた。
森を区画ごとに分けていき、ウサギやタヌキ、サルなどの形をした魔獣を討伐していくのだが、父が指揮できる人員が増えたため能率が上がった。
父に魔獣の遺骸を回収してどうしているのか聞いたところ、魔導協会に引き渡しているらしい。
なんでも研究材料になるらしく、遺骸を引き渡せば格安で機械騎士の整備を請け負ってくれるとのこと。
最近では、よりたくさんの魔獣のサンプルが提供できるようになったこともあってか、多くの機械騎士をこちらに売却してくれたそうだ。
魔導協会は、いずれ交渉の相手となるだろうが、交渉の材料を手に入れなければならないし、王令である魔獣の森大規模掃討令に備えて戦力を強化しなければならない。
その二つを可能にする一石二鳥の知識を僕は前世のおかげでもっている。
そもそも魔獣の森がどのようにできたかということにさかのぼる。
魔獣の森はかつて、魔導大国の領土があり、魔獣の森の最深部はその国の首都があった場所だった。
しかし、魔術に関わる装置について何らかの事故があったらしく、動物たちは皆、巨大化し、魔獣となった。
都の外からの攻撃には丈夫だったのかもしれないが、内部から魔獣が次々に生まれていくことによって都は混乱に陥り、一瞬にして荒廃し、ごくごく一部の者のみが逃げおおせた。
その者たちによって、技術が一部継承されて現在の機械騎士などに作成されることになる。
したがって、森にはいくつかその魔導大国の遺跡がある。
ゲームでは、魔獣に脅かされた村民を救う際に、主人公は村に伝わる言い伝えを参考にして、遺跡を発見し、発掘する。
そこはどうやら、魔導大国の保管庫だったらしく、在りし日の魔導についての文書と、機械騎士の先祖となるプロトタイプ、魔導騎士が保管されていた。プロトタイプと聞くと、弱そうだが、機械騎士は魔導騎士の技術の一部が失われたことにより、その部分をからくり仕掛けによって補って作成されたものであるから、魔導騎士の方が強力である。
主人公は、この魔導騎士を攻略対象に与え、魔獣を討伐していき、ついには魔獣の森の深部にある原因を突き止め、魔獣を生成する装置を破壊することに成功する。
ところが、めでたしめでたしとはならない。
確かに魔獣の森はもはや魔獣が発生しなくなり、唯の森と化した。
これによって、脅威だった魔獣が消え去り、森の向こう側の共和国が進軍することが可能になって、共和国が王国に進攻してくるというイベントが発生してしまう。
つまり、魔獣の森は王国と共和国の緩衝地帯になっているから、魔獣を完全に討伐することも望ましくない。
こう整理して考えると、辺境伯領は本当に恵まれてない土地だな、とつくづく思う。
話が少し脱線したが、先程の保管庫を発見することが、一石二鳥の解決策なのである。
保管庫の魔導に関する文書は魔導協会との交渉材料になるし、魔導騎士を手に入れることができれば、大幅に戦力増強になる。
というわけで、保管庫の所在地を探索する必要があるのだが、近くの村の名前はゴーシュ村で、村民の願いを受けて魔獣退治に赴くということしかゲームでは記述されていなかったので、概ねの位置しか分からない。
すなわち、人海戦術によって、宝探しをしなければならないということになる。
どうにかして、人を集めなければいけないのだが、父にねだるしかなさそうだな。
何か良い理由が欲しいな。
ゴーシュ村の言い伝えについて気になることがあります。で話を聞いてくれるかな。
領内の政情視察という名目で、僕は護衛をつけてゴーシュ村に向かった。
村に着くと、村長が出迎えてくれた。
「ご子息様、いらっしゃいませ。」
「出迎えご苦労様。最近は何か困ったことはあるかい?」
「いえ、領主様が魔獣をたくさん狩ってくださっているようで、とんと魔獣の被害もありません。」
魔獣の森からあふれて人里に来る個体は新戦法による効率的な討伐により随分と数を減らしたらしい。
「それは、良かった。時間があれば、少し聞きたいことがあるんだ。」
「何でございましょう。」
「最近、伝承とか民話とかの収集に凝っててね。そういった類の話を聞きたいんだけど。」
「それは、それは、良いご趣味で。只今村の語り部の老人たちを連れてまいります。」
といって、村長は村に二人いる語り部たちを連れてきた。
その二人の話を延々と聞く羽目になった。
ほぼ丸一日かけて分かったことは、どの伝承も共通の要素があることだ。
それは、かつて大いに栄えた大国があったこと。それに加えて、多くの伝承に共通なのはその首都へ貢納をする帰り道に起きた様々な事件が題材になっていること。
確実なことは言えないが、この村はかつて大国に服属していた辺境の地なのかもしれない。
一つ気になる話があった。
要約すると、帰り道に凶暴なクマに襲われたが、心優しき巨人に出会い、巨人に助けられた。単純な話なのだが、恐らく巨人は魔導騎士のことではなかろうか。
その話によれば、曖昧なところは多いのだが、凶暴なクマに襲われたのは、湖畔だったらしい。
魔獣の森に調査で現状判明している湖は二つ。
湖を中心に調査していけば、遺跡が発見できるかもしれない。
少しワクワクしてきた。
調査や推理、探索だとかはゲームでは省略されていたからな
こういう謎解きとかも案外楽しいな。
父に護衛を借りて散歩の名目で、探していくか。
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