男が乙女ゲー世界に転生して

@tutuituno

第1話 転生

「何で俺こんなことやってるんだろ…。」


 真っ暗な部屋の中で一人画面に向かう俺。


 名門一流大学を卒業したはいいものの、就職後、仕事での無理がたたったのか、数年で離職し、フリーターになった。早々にお金は無くなり、ボロアパートでその日暮らしの生活を送る毎日。


「どうしてこうなったかなあ」


 お金になるようなものはとっくに全て売り払っており、手元に残った財産といえば、就職時から愛用しているパソコンぐらいだった。


 駅前の通りにあるゲームショップにふらりと立ち寄った俺はなぜか吸い寄せられるように売れ残りでバーゲンセールのかごに入っていたゲームを手に取り、購入して店を出る。


 手にしていたのは乙女ゲーム。

 ゲームタイトルは「ドキドキ学園生活」。略してドキ学。

 パッケージには「華やかなる学園生活の中で様々なイケメンが目の前に現れ、あなたは胸のドキドキが止まらなくなる!」という売り文句が書いてあった。


 何を血迷ったのだろうか、俺は女性向けゲームをいつの間にか買ってしまっていた。


 せっかく買ってしまったから仕方なしに初めて見たが、主人公は女なのだが、飽きることがなく、案外おもしろい。


 ゲームの舞台は剣と魔法のファンタジー世界に存在する学園。

 国の制度はヨーロッパ中世風だが、騎士たちは人型ロボットに乗り込んで華麗に戦う。


 主人公は庶民としての生活を送っていたが、数奇な縁から王侯貴族が通う学園に入学することになり、皇太子や宰相の息子といった美形の男子たちとの出会いを経験する。

 しかし、庶民としても暮らしが長いせいでいじめにあうなど、様々な問題を抱えることになる。

 攻略対象ととも苦難を乗り越えていくと、自然と絆が深まり、攻略対象と結ばれ、無事ハッピーエンドを迎えるというシナリオである。


 それだけ聞くとつまらなさそうだが、この作品は単なる恋愛シミュレーションゲームの枠にとどまらず、アクション要素やRPG要素まで組み込まれた超大作だ。

 しかも、どの点を取っても高クオリティである。


 攻略サイトに載っていた全てのエンディングを回収した頃には、傍らにいくつものエナジードリンクの缶が散らばっていた。

 スマホで日付を確認すると、ぶっ続けで約3日やっていたらしい。

 あまりの面白さに時間がたつのが分からなかった。


 とりあえずシャワーでも浴びるかと思って立ち上がった瞬間、ひどい立ちくらみに襲われた。


「やべえな、これ」


 電池が切れたかの様に動力を全く失ってパタリと布団にに倒れ込む。

 カフェインの取りすぎだろうか、それとも寝不足のせいだろうか、体が動く気が全くしない。


 自分の体が弱いということを改めて思い出したが、いまさらそんなことを思い返したところでどうしようもなかった。

 体が全く動かないから、救急車を呼ぶことすらできない。


(こりゃ、本格的に終わったな)


 人生二十数年にして俺死す。といったところだ。

 かっこつけようとしても全然かっこつかねえ。

 まったく情けない。


 かろうじて残る意識の中で、神様、次の人生はどうか健康でありますようにと祈った。


 目覚めると、体がやけに軽く感じる。

 清潔感のある部屋で白いベッドの上から起き上がる。

 病室だろうか、しかし病室にしては装飾が多すぎる。


 ふと目を目を落とすと、よく日に焼けた肌が目に入る。


 運動なんて全然しないから、日焼けなんて一切しないはずなんだけどな。

 日焼けしたら肌が酷く痛んで、皮が剥がれたりした覚えがある。


 いぶかしがって、鏡代わりにしようと思って部屋の窓ガラスを見やるとそこには、健康的な小麦色の肌をした少年が映っていた。


 こちらが右手を上げれば、向こうも手を上げ、こちらが笑えば、向こうも笑う。

 認めなければならないらしい。この少年が自分だということを。


 少年に見覚えがある。どこで見たのか記憶がはっきりしない。自分自身に見覚えがあるとかないとかいうのもおかしな話かも知れないが、どこかで見た。


 この体で生活しなければならないらしい。

 ベッドに再度横になって考え込む。考えてみても心当たりがない。

 ここはどこだろうか、外を見ても森が見えるだけ。


 そういえば、記憶が全体的にはっきりしない。


 何でもいいから、何か手掛かりになるものを探そうと、起きあがって、部屋を探し回った。全体的に整理整頓が行き届いた部屋で清潔感があり、そもそも物が少ない。


 机の上にノートが何冊かあるくらいだった。

 ノートを開いてみると、内容は日記のようだ。

 本の扉にレイモンド・シーナーとある。


 頭痛が酷くして、ベッドに倒れ込む。


 しばらくすると、頭痛がやんで、頭がクリアーになった感覚がする。


 回復した記憶を受け入れるまで、時間がかかり、一息ついて、ようやく言葉を吐き出す。


「そうか、異世界転生したのか」


 どうやら認めなければならないらしい。

 自分がレイモンド・シーナーであるということを。


 確かに、健康でありますようにとは言ったよ。

 でもさ、でも、それはあんまりじゃないかい、神様。


 ゲームの悪役に転生させるなんてさ。




 レイモンド・シーナーはドキ学の主要な悪役の一人である。

 ドキ学はゴールデンベルク王国に存在する王立学園を主な舞台として展開するのだが、シーナー辺境伯家が王国に対して反乱を起こし、鎮圧されるというイベントがあり、そこにレイモンドが関わってくる。


 多大な犠牲を出して、反乱は鎮圧され、主犯格のレイモンドはその中で命を落とす。


 そう、死を予定されたキャラに転生したのである。


 したがって、生き延びるためには死亡フラグを全て回避する必要がある。


 そのために、反乱に至るシナリオを簡単に確認しておく。

 シーナー辺境伯領は魔獣という危険な生物が住む森に面している。かつてゴールデンベルク家が王国を拡大していく中で、シーナー家の領地を征服した。征服したとはいえ、実際には、かなり拮抗した実力であり、共倒れを防ぐため和平が行われ、広大な土地を与えられこととなった。が、シーナー辺境伯が反乱を起こした場合に、帝都への進攻を難しくするために、帝都から遠く、魔獣の森に面した土地に封じられた。

 それ以来、シーナー辺境伯領は魔獣との戦いの最前線となった。シーナー家は常に魔獣との戦いの中で犠牲を強いられてきた歴史があり、それだけでも、ゴールデンベルク皇帝家に対して恨みつらみがあるのだが、それだけであれば、とっくの昔に反乱がおきていただろう。

 一番のきっかけとなったのは、レイモンドが学園に入学する一年ほど前に魔獣との戦いの中で父親が戦死し、ショックのあまり母親が発狂するという悲惨な事件だ。

 このため、父親を亡くし、母の正気を奪った原因が魔獣との戦いを強いた王家だとレイモンドは考え、復讐のために反乱を計画することになる。


 日記を読み漁ったところ、まだまだ時間に余裕はある。

 16歳になったら貴族の子女は帝国学院に入学することになるから、それまでに反乱の主な動機や目的を解消すればいい。


 どうしたらよいか考えていると、ノックの音がした。

「失礼します。アリスです。」

 僕がなんと返答していいか分からず、まごついていると、メイド服に身を包んだ少女が現れる。


「レイモンド様、おはようございます。今日も訓練のためのお着替えをお持ちしました。」

 軽く礼を言って、不信に思われないようにとりあえず受け取る。

 言われるがままに、着替える。


 日記を読んで分かったのだが、魔獣との戦いを重ねることで、我が辺境伯家は洗練された武門となっていったようで、日々の訓練を欠かさない。


 思えば、この質素な部屋も質実剛健を旨とする武門らしさがある。


 部屋を出て、アリスの先導に従って、闘技場に赴くと、騎士たちが挨拶してくる。

「おはようございます。坊ちゃん。今日も精が出ますな。」

 などといって来るので、適当に受け流しておく。


 勝手がいまいち分からないので、見よう見まね周りの騎士たちに混ざって剣を振る。


 不思議と面白いように体が動く。

 自分の思った通りのことがそのまま実現される。

 この体が優れているのだろう。


 前世は虚弱体質だったからな。こんなに活発に運動できるのは、新感覚だな。


 ひと汗かいてから、朝食をとりに行く。

 食堂には父親と母親、それから妹がいた。


 食事中、父が口を開く。


「レイもそろそろ、魔獣討伐について来ないか。もうすぐ14歳だ。今のうちに、雰囲気だけでもつかんでおいた方がいい。」


レイは僕の愛称だ。


「分かりました。」


 父は若々しく、精力的に活動している。

 先ほど、日記を読んだところ、日々戦う父親のことを非常に尊敬しており、父アルフレッドを英雄視していたらしい。

 だからこそ、父が死んだとき王国に対する憎しみは最高潮に達したのだろう。


 こいつは、確かにカッコいい。

 高さ10メートルを超える程度の巨大な西洋甲冑風の巨大な機械が倉庫に横たわっている。


「知ってるとは思うが、こいつは機械騎士と呼ばれている。こいつを使って魔獣を狩る。」

「動力はどうなっているんですか?」

「よく分からん。魔術らしいんだが、その辺は聞いても分からんし、ブラックボックスになっていて、魔導協会しか知らない。」


 やはり、ゲームの知識通りらしい。

 魔導協会という団体があり、そこが機械騎士の整備を一手に担っている。

 動力や仕組みは一般に公開されておらず、協会によって秘匿されている。

 機械騎士は機械と名前はついているが、実際のところ、機械仕掛けと魔導の融合によって生み出されたものだ。機械騎士の搭乗者を騎士と呼ぶ。

 ゲームでも重要なお助け要素だったから、協会とは仲良くしないといけないな。


 そんなことを考えていると、機械騎士の胸部にアルフレッドは乗り込んだ。

 動きは軽快だ。搭乗者の動きは機械騎士の動きにそのまま反映される。


 今回、標的となるのは、人里にも度々顔を出し、その被害が拡大しつつあるという猪型魔獣だそうだ。


 機械騎士が隊列を組んで行軍する。

 すさまじい迫力だ。一歩間違えれば死の危険があるという緊張感で、空気が張り詰めているように感じる。

 アルフレッド自らが陣頭で指揮を執る。


「今回の目標は猪型魔獣。体高5メートル程度の大型である。皆の者、心せよ。私を中心に目標を包囲し、これを討伐する。」

 騎士たちが「了解。」と、応答し、展開する。


「目標を発見。」


 猪型魔獣は、強靭な筋肉が脚部に備わっており、それを生かして猛スピードでの突進を繰り出してくる。牙が鋭利に発達しているため、直撃すれば機械騎士の装甲をも打ち破るだろう。


 今回は、機械騎士が魔獣の牙の餌食とならないよう、槍を装備している。


 接敵から、討伐までを一瞬のことだった。


 騎士たちが颯爽と駆けていく。

 魔獣がこちらに気づき、振り向いたが、時すでに遅し。

 機械騎士たちが既に槍を構えて、完全に包囲している。


 後は機械騎士たちは槍を突き出すのみだった。

「突け」という父の号令に合わせて、魔獣は数本の槍によって串刺しにされる。

 洗練された美しい動きだった。


 魔獣に攻撃を許さず、そのまま仕留める。

 耳がキーンとなるほどの断末魔が聞こえ、魔獣は事切れた。


 あっけないといえばあっけなかったが、死の危険と隣り合わせなのだから、空気感は正に戦場といったところだった。


 帰りに戦闘の興奮冷めやらぬ中、父に話しかけた。


「すごいですね、父上」


「ああ、こんな風に私は領主への陳情を踏まえ、適宜、自ら軍を率いて、魔獣の討伐をしているんだ。」


「す、すごいですね」


 すごいはすごいのだが、いちいち領主が討伐軍の陣頭指揮をとるのは問題だ。

 そんなのは中世風の戦法だ。

 これでは来るべき王の大規模掃討命令に耐えられないわけだ。

 父が死なないようにすべきことが少し見えてきた気がする。


 問題はどのようにしてそれを伝えるかだ。

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