第11話 コミュニティードヨルド

 それから2ヶ月が経過した。あの時に調達した食料も、母が残してくれたサバ缶もなくなってしまった。


 食料が底をつき、1週間になる。電気も水道も完全に止まった。

 それとともにテレビもゲームも全くできなくなってしまった。


 ……携帯もあの時からなくしたままだ。



 ついこの前まではラジオが流れていて、深刻なキメラ生物による被害状況を逐一伝えていたが、それもある日を境に、ぷつりと途絶えてしまった。

 最後に聞いたラジオによるニュースは、軍隊の最終防衛線が突破されたということだった。

 膨大な量のコンクリートやセメントなどが集められ、防衛線を敷き、キメラ生物に対して応戦していたが、それも3ヶ月で陥落してしまったのだ。


 ……いやむしろ、よく3か月も人類は持ちこたえたと言うべきか。


 人類の底力。人間の強さと言うものは本物だった。


 よくあるゾンビ映画のパニック程度で、あっさりと滅びてしまうようなそんなやわなものではなかったのだ。

 なにせ人類は核爆弾といった大量破壊兵器を作り上げてしまうほどなのだから。


 ……普通に考えても、たかがゾンビごときに人類が負けるはずがない。


 それを最後に、公共情報を得る手段は失われた。


 キメラ生物による被害は、ヨーロプア大陸だけに留まらず、世界のあちこちに及んでいるらしい。

 最新の情報を得られないということにこれほど恐怖したことはない。

 ちょっと前までは情報の大海原であった社会は、今となってはすっかり干からびた社会と化してしまったのだ。


 キメラ生物による騒動から、約3か月。


 数万年の歴史があった人間の文明は、やつらによって崩壊させられてしまった。

 まるでレラソス共和国がお隣のトイソ帝国に約1か月の短期間で、首都ペソワールを占領されてしまったような圧倒的な敗北だった。


 ……人類は戦争に負けたのだ。世界はキメラ生物によって、占領されてしまった。


 そんな中、母は2ヶ月以上経っても、未だに帰ってきていない。


 未だ家に帰らない母の事を想いながら、今日まで生きてきた。電気や水道も防衛線を突破されたといったラジオのニュースが流れた直後に、完全に止まった。


 それ以降はゲームをしたくてもできなくなってしまった。



 そして今。家の食料は底を尽き、リビングにてぐったりしていた。


 腹を空かせ極度の飢餓状態となっていた。

 もう立ち上がる気力すらない。

 身なりもずいぶんみすぼらしくなり、栄養失調も引き起こしていた。

 余命いくばくもない中、じっと死を待つしかない状況だった。

 走馬燈のようなものが見え始めた。……思い残すことは何もあるまい。


 そんなことを考えていた矢先、不意に玄関のドアが打ち破られた。

 ドタドタと足音を立て、家の中に入って来る者たちがいたのだ。

 玄関を超え、リビングまで入って来たところで、しっかりとその正体を認識できた。……それは人間だった。


 日中、堂々と不法侵入してきた彼ら、彼女らは銃を所持していた。


 服装はいたって普通で、ただの一般人と見える。

 その集団がリビングに一斉になだれこみ、そのうちの1人が自分の姿を認めた。


「生きてる! 生存者だ! 生存者がいたよ!」


 その1人が皆々にそう叫び、そのことを伝えると、続くように他の連中もつられて声を上げていく。


「なに!? この町にもまだ生き残っている奴がいたのか!」


「今すぐこの人も車にのせて、連れ帰りましょう!」


「でもこの人ずいぶん痩せこけているよ。食料をもう長いこと口にしていないかもしれない。だれか食料持っている人がいたら、この人に分けてやって!」


 てんやわんやしているうちにベルシュタインはそのグループの人らに救出され、車に搬送され、生まれ育った街を離れることとなった。


 父を裏山に残し、母は行方不明。


 道中数々のキメラと遭遇するも、その都度ライフルや狙撃銃で武装しているその集団が、キメラ生物を撃退していくのを目に焼き付けながら、ベルシュタインの意思とは裏腹にどこか別の街へ、彼ら彼女らと共に連れられて行ったのであった。



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 車で遠路はるばるかけ、ようやくとある街が見えてきた。


 その街は遠目からみても手に取るほどわかるくらいに、巨大な壁で覆われている。


 膨大なコンクリートとセメントをどれだけ使ったのだろうか?その壁はとても強固なものだった。


 街を取り囲み、そびえ立つその壁にはものすごい迫力がある。


 どの地域の街だ?


 生まれてこの方ずっと地元を出たことのないベルシュタインにとって、どこに位置する街かわからない分、ここが異国の地であるように思えた。


 そしてようやく巨大な城壁都市のようなコミュニティーの出入口と思われる、これまた巨大な城門の前まで来た。


 おおよそ10メートルか20メートルはあるだろうか。大型トラックを上に何台積み上げても、あまりある門だった。


 門がゴゴゴゴゴッときしむような音をたて、ゆっくりと開かれる。


 その門の中に立ち入った瞬間、大勢の人間がその壁の中で街の中を往来し、暮らしている姿が目に入った。

 行きかう人々は外の世界で起こった異変そのものの絶望感を感じさせないくらい、明るくにぎやかに道を往来している。


 そしてそこに住む住民が外から戻ってきた一台の車を見るなり、いっせいに集まってきた。

 一瞬のうちにギャラリーができ、大勢の人が自分の姿を見る。


「ひさびさの生存者だ!」


「よく今日まで生き残った!」


「ここに来れば安心よ!」


 とあれこれ言っていたのが車の助手席に横たわっていた自分にも漏れ聞こえていた。

 自分はそのまま車に乗っけられたまま、その街の診療所と思われる場所まで運び出されていった。


 その診療所らしき建物のそばで車が止まったかと思うと、さっそくその診療所からはナース服に身を包み、とびっきり美人な看護士数名が出迎え、自分は彼女らに抱きかかえられながら、とある病床まで運ばれていく。


 病床に就くとさっそく医者らしき白衣を着た男1人の問診を受け、検査などもされたのち、様々な処置が施されることとなってその日は終えた。



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 翌日、翌々日もいろいろ介抱していただき、ようやく容態の方も安定した。すっかり元の健康状態まで回復し、立って歩けるまでになった。

 その日、その様子を見たベルシュタインのかかりつけ医だった人物にこう声をかけられた。

 

「このコミュニティーのトップの人が面会したいと言ってきている。わたしについてきてくれ」


 そう言われ、とある豪華な邸宅まで彼に引率されていった。


 診療所からコミュニティーの人がたくさん行きかう大通りを出ると、その道なりを進み、コミュニティーの中心部分へ向かっていった。

 そしてコミュニティーの中心地帯を進むと、周囲の建物よりひときわ大きいある邸宅の前まで来た。

 それはまるで宮殿かのような大規模な邸宅で、まさに皇帝なり大領主さまが住んでいるような圧倒的なものだった。


 その医師とともにその宮殿のような邸宅の玄関部分へ向かうと、そこには呼び出し鈴があった。


 それを彼が押すと、まもなくして中から1人の人物が出てきた。


「おや?」


 その人物は立派な髭をはやし、中世チックな貴族衣装を着飾り、なんともまあ豪華絢爛な出で立ちで、自分らをむかえていた。


「ようこそ、我がコミュニティードヨルドへ。吾輩は統領セバスティアーノ。このコミュニティーを統括する者である。こんなところで立ち話もあれだ。どうぞ中へ」


 そう彼に言われるまま、招き入れられるかのようにして中の邸宅へと入っていったのであった。

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