第8話 美しきグリーンヘアー

 それからというものの、ドロシーさんとは意気投合し、この食料品エリアでお互い物資を探すこととなった。


 ドロシーさんは生鮮食料品コーナー、対して自分はお菓子コーナーといった具合で手分けして物資の調達を行うことになった。


 そしてすべてのコーナーをお互い回りきったところで、一度店内のスタッフルームの中に入って、そこでお互い入手した物資を分け与えることとなった。


「う…血なまぐさい…」


 スタッフルームには人間のものと思われる肉片があちらこちらに散らばっており、ひどいありさまだ。

 ドロシーさんもそれらの肉片が視界に入るや否や、そこからすぐに目線をそらしていた。

 …一瞥すると、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「い…移動しますか? …ここ結構ひどいことになってるんで…」


 こんな凄惨な現場に自分も居たくない。


 別の場所に移動しようと思い、ドロシーさんにそう提案してみる。


「いや…大丈夫です。わたしなら平気です」


「そ…そうですか」


 肉片が転がり落ちていて、床に血が飛び散っているような場所に居続けたくない。


 ゆえに彼女にここから離れましょうよと持ち掛けたのに、自分の提案は簡単に退けられてしまった。

 そしてその血なまぐさい部屋で、お互い集めた物資を一度テーブルの上にずらりと並べ置く。


 インスタントラーメンなり、調味料、フライドポテト、ドリンクなどいろいろある。


「あ…桃缶…」


 ドロシーさんは、自分がさきほど缶詰コーナーで入手した桃の缶詰に、ふと目がいっていた。


 彼女はその桃の缶詰からじっと目を離さないまま、彼女自身がさっき調達したポテトチップスの一袋をおもむろに取ると、その袋を持った手と逆の手の指で、桃の缶詰を指さし、次のようなことを言った。


「ベ…ベルシュタインさん。も…もしよかったら、このお菓子袋とその桃の缶詰を…こ…交換…してくれませんか?」


 ドロシーさんは人馴れしていないガチガチに緊張した様子で、視線は下を向いたまま、ポテトチップスの袋と自分がつい先ほど回収してきた桃の缶詰との交換を申し出てきた。


「も…もちろんいいですよ。はいどうぞ」


 自分は快くその交換に応じた。


「え? 本当にいいんですか? ポテトチップスと桃の缶詰ですよ? …どう考えても、釣り合わないじゃないですか…」


 …そもそも自分は桃アレルギーのため、この缶詰を持ったところで、どうせ食えやしないので、はなからドロシーさんの要求に応じる以外の選択肢がなかっただけである。


「…全然かまいません。さあどうぞ」


 自分は桃の缶詰をドロシーさんにそのまま手渡した。


「ほ…本当にいいんですか!? …ありがとうございます! わ…わたし桃の缶詰が大好きなんです!」


 ドロシーさんは桃の缶詰を受け取るや否や、パッと明るい表情になった。


「ベ・・・ベルシュタインさんって、本当に優しい方だったんですね…」


「ははは…そ…そうかな?」


 急に女の子に褒められてしまった。…何か照れる。


「はい! …こんなポテトチップス一袋と桃の缶詰との交換に応じてくれる人なんて、普通いませんってば!」


 ただ桃が食えないから、素直に応じただけなんだけど…。


 まあいいか! 今ので自分がいい人だとドロシーさんにアピールできたと思うし、結果オーライ!


 彼女とようやくまともに話し合えたことを心底嬉しく思う。


 ひさびさに自分以外の人間と約3週間ぶりにこうしてお話をすることが出来た。


 しかもその久方ぶりの生存者はこんな緑髪が似合う可愛い女の子。時々人馴れしてないかのような、照れてもじもじする仕草も可愛かった。


「そ…その緑髪…似合ってるね!」


 唐突にがらにもないことを言ってしまう自分。


「あ…ありがとうございます…」


 ドロシーさんは照れて、またまた服の裾を引っ張って、もじもじしていた。


「そ…その髪って、何を使って染めたの?」


 人生で一度も髪染めをしたことのない男が、そんなことを彼女にたずねてしまっていた。


 …まるで自分は髪を染めたことがありますよ! って感じ、丸出しじゃないか! まずい!


 その話の方面で深堀ふかぼりされると、すぐにボロが出てしまう。


 ううっ…こんなこと聞かなければよかった。今更後悔しだした自分。



「いや、こ…これ実は地毛なんです」



「じ…地毛?」



「はい。わたし生まれつき、髪の毛が緑色なんです」



「へ~~、生まれつきなの?」



 驚いた…。てっきりその緑色の髪の毛は何かで染めたものとばかり思っていたからだ。


 生まれつき肌も髪の毛も、まるで雪化粧のように真っ白できれいなアルビノの人が、世の中には少数居るとは聞いたことがあるが、この子は髪の毛だけがその緑のアルビノって感じの子だった。


 肌とか、その他のカラダの各部位は普通の人と全く同じなのであるが…。



「…なんかその髪の毛、まるで頭に観葉植物を生やしてるみたいだね…」


 自分は率直に彼女の髪色に対する印象を述べていた。


「へ? …か…観葉植物? ……もう! ベルシュタインさん! へ…変なことを言わないでくださいよ~」



「あっ……し……しまった!!」


 うっかり口を滑らせてしまった。たしかにこの娘をショッピングモールのエントランスで初めて見た時から、「なんかこの娘、頭に観葉植物生やしてるな~」っとばかりずっと思っていた。


 だからと言って、それを安易に口に出してしまった。


 はっきり言って、かなりの地雷発言だったと思う。


 …この子は「頭に観葉植物生やしてる」といった発言を聞いて、笑ってくれたからいいものの、一歩間違えば、この場の雰囲気はものすごいことになっていたに違いない。


「ふぅ~~、助かった~。…あぶねえ、あぶねえ」



「え? …な…なにが危なかったんですか?」


 また迂闊にも心の声が出てしまっていた。


「いやいや! なんでもない…なんでも」


 なんとかその場は取り繕うことができた。


「でも珍しいな~。緑色の髪が地毛なんて。…いまだに信じられないや」


「いつもそう言われます。…いろんな人に…」


「僕みたく、頭に観葉植物生やしてるなぁ~って?」


「いや…そんなことを言われてませんよ。…わたしの髪の毛のことを観葉植物だって言ったの、ベルシュタインさんが初めてですよ? …後にも先にもそんなことを言う人はいません…」


「あっ…そうなんだ。…な…なんかごめんね?」


「べ…べつに謝らなくていいですよ! な…なんていうか…その……ベルシュタインさんって、お…面白い人ですね…」


「あはは…そりゃどうもありがとう…」


「あはははは……」


「あはははは……」


「…………………………………」


「…………………………………」


「…………………………………」



 そこから2人には、しばらく気まずい時間が流れた。…どうしてくれるんだ! この空気!



「と…とりあえず、いったんフロアの方に出ましょうか?」



 自分はその沈黙を破り、ドロシーさんにそう提案する。



「はっ! そ…そうですね…。…そうしましょう」



 自分とドロシーさんは、慌ててテーブル上にあった物資をバッグに詰め込み、再び背負い直してから外に出た。

 自分たちはこの血なまぐさいスタッフルームから、また食品売り場の方へ出たのであった。

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