第7話 すいません! 間違えました!

 携帯を片手にショッピングモールを目指した。GPSはまだ機能している。それを頼りに徐々にその目的地へ近づいていく。


 ショッピングモールに近づくにつれ、行く道々には暴動の跡、店を荒らされた跡が色濃く残っていた。


 ゴミも散乱し、そのせいで異臭を放った通りもあった。


 こじんまりとした町のパン屋さんのショーケースも粉々に砕かれていた。


 …営業はしていないようだ。店主のおじさん、おばさんの姿もどこにも見当たらない。


 シャッターは下ろされておらず、ガラス戸はぐにゃりと折れ曲がっていた。


 いったい誰の仕業なのだろうか?暴徒化した人間のパワーはものすごいものだと、パン工房ブリガルドの店名が描かれたそのガラス戸を見てそう思っていた。



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「おお!実に1年ぶりだ!このショッピングモール。懐かしいな~」



 危機感のキの文字もないぐらい、浮ついていた自分だったがなんとか到着した。

 周囲をある程度ちらりと見て、何の異常もないことを確認してから、さっそくその大型ショッピングモールの館内へと入る。


「うわ~。本当に久々ひさびさ過ぎて、どこに何の店があったのか分からないな~」


 ベルシュタインはまず館内入り口にある全体マップを眺めていた。


「食料品はこっちか。やばい方向感覚が…」


 マップには食料品がどこの位置にあるのか、明確に示してくれているが、3年も家に引きこもった弊害からなのか、どうやってそこの食料品コーナーに向かえばいいのか、「全く分からん!!」


 …こんな状態だった。


 頭を抱える。自分の引きこもりの悪いところが、またしても出てきてしまった。


「す…すいませ~ん、そこの方…。ちょっとよろしいでしょうか?」


 そんなとき自分の背後にふと忍び寄ってくる者がいたのだ。


「えっ? 誰!? …誰ですかぁ!?」


 ハッと後ろを振り返ると、そこには緑色の髪の毛をした1人の女の子が立っていた。

 身長は自分よりも一回り小さく、華奢きゃしゃで、くりっとした目が特徴だった。

 その子は薄汚れていた服の裾を引っ張って、もじもじしながら自分にに話しかけている。


「あっあの~…」


 女の子にか細い声で、もじもじされると、たまったものではない。


 どうお声掛けすればいいのだろうか?


「え…あ…え…あ…あ…え…あ」


「…エアエア? …エアエアってなんですか? あなたはわたしに、いったい何を伝えようとしてるんですか?」


 ここにきて、またしても引きこもりの弊害が出てきた。


 所謂、コミュニケーション障害ってやつだ。まずい! 何も言えねえ! …これ以上はもう…。



「あの~……すいません。……聞こえてます? わたしは、その~」


 その緑髪の女の子は、一向に何もしゃべらない自分を見て、見るに見かねてそう声をかけてくる。


「え…あ…あ…あ…え…あ…あ」



「…エアエア? …またエアエア言ってる。…すいません。わたしにはそのエアエアが何のことかわからないんですけど…」


 ただ自分はコミュ障すぎて、エとアの単語しか発せられない状態となっているだけなのだが、どうやら彼女にはそのエとアが、何かを意味する一種の言葉のようだと思っているらしい。


 彼女は必死にこちらの意図を汲み取ろうとしてくれている。


 そんな懸命で健気な彼女とは裏腹に、自分は……。もはやその場に留まることすら、恥であった。



「す…すいません! 間違えました!」



 一体何を間違えたのか、そのことに関して全く要領を得ない。


 最後にその言葉を彼女に言い放ってから、自分は一目散にその場を後にした。


 一体なにを間違ったって? …人生そのものだろうか? ……かもしれねえ。


「あっ! ちょっと! わたしを見捨てないでください!! あなたは何も間違ってませんから~」


 その緑髪の女の子は、走り去っていったベルシュタインを見て、すかさず後を追いかけていったのであった。


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 ダダダダダ……


「はぁ…はぁ…はぁ…」



 すいません! 間違えました! ……最悪だ。


 その浅ましい行動に、ひどく後悔した。


 …久々に生身の人間と出会えたのに。


「どうしよう…。絶対変な人って思われたじゃん。逆に怖がらせてしまったかも…」


 何もかもついてない…。膝をついて、ゼエゼエと息を切らしていた自分だったが、その時ふと顔を上げ、辺りの様子を確認した。


「あれ? ここって…」


 無我夢中で走っていたため、今まで気が付かなかったが、そこは食料品売り場だった。

 しかしほとんどの棚には、すでに物色されたような跡があり、目当ての食料がそれほど残っているようには思えない。


「何はともあれ。これで目的地に到着というわけだな…はぁ…」


 さきほど猛ダッシュしたこともあって、心臓がバクバク言っている。しばらくそこから動けずじまいだった。


「すいませ~ん。そこのあなた~」


 さっきの緑髪の女の子が自分を追いかけていたようだ。長い髪をなびかせながら、また自分の元へと近づいてくる。


「ひっ!」


 またこの子がやって来てしまった! ど…どうしよう! …す…隙を見て逃げよう…。


「なんでわたしをそんなに怖がるんですか? …わたしなんかやっちゃいましたか?」



「い…いや! そ…そんなことは…ないよ?」



「そ・・・そうですか。あ・・・安心しました」



 緑髪の女の子はそう言った後、パッと明るい笑顔を見せ、なぜかホッと胸を撫で下ろした。


「わたし! ド…ドロシーっていいます。そ…その…はじめまして!」


 その緑髪の女の子、ドロシーは自分に対し頭を下げ、右手を差し伸べてきた。


 握手? …自分に握手してほしいということなのだろうか?


 ドロシーのその様子はどこかたどたどしさを感じる。…なんかまるで自分がこの子に逆プロポーズを受けているみたい…。


「えっ? あ…え…あ…あ…あ…え…あ」


すると自分はまたうろたえだした。


「あっ! またエアエア言ってますね! …もうやめてください! いきなりエアエア言って逃げ出すのだけは、やめてください!」



 自分がまたエアエア言いだしたため、ドロシーは、またまた自分が逃げ出すように思ったのか、ふと顔を上げ、強い口調でそう言ってきた。


「え? …あ…あ…あ…え…あ…あ…あ」



「ちょっと! その…エアエア言うのだけはやめてもらえませんか?」



「え? …あ…あ…あ…え…あ…あ…あ」



「エアエア言って、またわたしから逃げ出すつもりですか! …本当にいろんな意味で心臓に悪いんでやめてください!」



「え? あ…あ…あ…え…あ…す…すいません! 間違えました!」



 自分は再び、すいません! 間違えました! と言って、彼女から逃げていく。


「ちょっと!待ってってば!」


 ガシッ!


 しかし今度という今度は、「すいません!間違えました!」って言って再び逃げ出した自分をその子はあっさりと捕まえていた。


「あ…あ…あ…え…あ…あ…あ…あ…え」



「もう! それやめなさいってばぁ!」



 その緑色の髪をした女の子は、自分の鼻と口を手で押さえつけ、エアエアと言わせないように働きかける。


 …その子に口をふさがれ、息が出来ない。



「む…むぐっ!」



「あっ! …ごめんなさい! わたしってば、初対面の人にこんなことをしちゃった! ご…ごめんなさい!」



 ドロシーはそう言うと、パッと自分から離れていった。



「え? あ…え…あ…あ…あ…あ…え」



「もう!そのエアエア言うのそろそろやめてください! …あなたの名前は!? あなたの名前を教えてください!」


 ドロシーは単刀直入に自分の名前を聞いてくる。


「え? …あ…えっと…ベ…ベルシュタイン…です」



「…ベルシュタインさんですね。…はじめまして、わたしはドロシーです」


 …やっと自分の名前を言うことが出来た。


 コミュ障の自分にとって、名前を名乗るだけでもとても骨が折れるのであった。

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