第3話 キメラ生物が来た!

「ベ…ベルシュタイン…ぶ…無事でなによりだ……」


 弱々しい声と共にゆったりとした足取りで、父さんが部屋の中へ入ってくると、全身から流れ出た血が下に落ち、床を真っ赤に染めていった。


「…父さん…何があったんだよ!」


 …ただごとではない。一体何があったのか?何があってそんな大けがを負うことになったのか?

 父さんのその異様な様子に震えが止まらなかった。


「……やられた。…前々からニュースで言ってた謎の生物が……そいつらに出くわして、やられちまった…」


 父さんは細々とそう言うと、肩で息をしながら、部屋の隅へと向かい、そこでぐったりしてしまった。

 父さんの声からは生気がまるで感じられない。顔面も蒼白だ。

 このまま放置すると、命に関わる。そんな予感がした。


「ちょっと! そのケガやばいって! 早く病院に! 999番かけなきゃ!」


「病院なんて…さっきもかけたさ……だけど…かからないんだ…」


「大丈夫! 今999番かけてるから! きっとすぐに救急車が駆けつけてくれるよ!」


 父さんとそのような会話を交わしている間に電話をかけた。

 救急車を手配して、一刻も早く父さんを病院に!


 ……でもあれ? この番号であってるよね?


 呼び出し音が鳴り続けるだけで、一向につながらなかった。


「おかしいな…なんでだろう…」


「…ベルシュタイン…外には出るな…外は怪物ばかりだ…絶対に…絶対に…出るんじゃないぞ…」


「そうも言ってられないよ! だって…救急に繋がらないんだもん! こうなったら、自分が父さんを病院に…」


「そ…そんな余計なことはせんでいい。もう父さんは…どのみちダメなんだから」


「そんなこと言うなよ!自分が父さんを病院まで担いでいけば、まだ助かるから!」


「いらん! …もう手遅れなんだ。…どのみちすぐ死ぬ。…父さんにはもう構うな。

 …ここから先はただ自分のことだけを考えて、生きていけ。……いいな?」


「ダメだって! 一緒に病院に行こうよ! ほら! 肩貸して! …ここからだとちょっと遠いけど、父さんを担ぐことぐらい…」


「いらんって言ってるだろ! ……もういいんだベルシュタイン」


 父さんは自分の差し出した手を振りほどき、病院に行くことを頑なに拒んだ。


「最後に…これだけは言っておく。…外に出るな…。絶対…出るんじゃないぞ」


「父さん! そんなこと言ってないで、早く! …早く!」


「お前は散々、…父さんたちを困らせてきた。…就職もせず、ゲームばかりしおってからに。

 …でも別にゲームをすること自体が悪いんじゃない。…それにのめり込み過ぎるお前が、自制できないのが悪いんであって……」


「父さん! 父さん!」


「はははは……。最期だっていうのに、いったい俺は息子に何を話してるんだか・・・。

 まあいい。……とにかくだ、ベルシュタイン。…外には出るな。…それが父さんの最後の願いだ…。

 じゃあな…俺の分までちゃんと生きるんだぞ…」


 バタンッ!


 父さんはそう言ったのを最後に、何も口を利かなくなってしまった。

 必死に呼び掛けるも、そんな父さんからは一切の応答がない。


 …息もしてなかった。


 自ら父さんの胸に耳を当て、心臓の鼓動を確認しに行く。

 …しかしそこからは何も聞こえてこなかった。


 手首の脈も取ってみた。

 …だが波打つ感触が指に伝わってくることはなかった。


 …父さんが本当に死んでしまった。


 幼いころから今まで、ずっと自分の事を気にかけてくれた。

 時には誰よりも恐ろしく、時には誰よりも優しかった父さんがこうして突然亡くなってしまった。


「…うぅぅ…どうして…」


 ここ最近、父さんがさっき言及していた謎めいた生物についての情報が、ネットや動画で嫌と言うほど飛び交っていた。


 その生物はある日を境に突然現れた。

 発生当初こそ、田舎の山あいの町にのみ出没していたが、月日が経つにつれ、次第に都心の方にも出没し出したらしい。


 …その生物がこの町にも来てしまったのかもしれない。

 もしかするとその生物に父さんは・・・。


 居ても立っても居られず窓の外を見た。するとそこには…、


「助けてくれぇぇぇ!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 父さんが言及していた例の謎の生物が、いつの間にか町中でごったがえしていた。

 動画で見た銃火器を備えた動物に地元の人間が至るところで襲われている。


 町のあちこちで、悲鳴が上がっていた。


 逃げ惑う人々。動物たちの銃口からは矢継ぎ早に銃弾が放たれ、それに次々と命を奪われていく。

 頭を貫かれ、即死した人。足を撃たれ、動けなくなった人。

 大勢の人間が奴らにガブリといかれてしまった。


 その光景はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図そのものだった。


「…母さんは?母さんは無事なのか!?」


 不意に母さんの安否が気になり、自分は父さんを部屋に1人残したまま、すぐ1階へと降りていった。


「母さん! 居たら返事をしてくれ!」


 必死に声を張り上げ、母さんを呼び続ける。

 排水溝から水道管まで家中至るところまで、くまなく母さんを捜し続けた。


「母さん! 母さん!」


 しかし、その甲斐むなしく母さんを見つけることはできなかった。


 母さんが見当たらず、途方に暮れていたそんな時、ふとダイニングテーブルを見ると、そこに置手紙があった。

 内容はこうだ。


『休日出勤します。今回はかなり長丁場になりそうです。せっかくの休みなのにごめんなさいね。

 晩御飯はあんたたちのために宅配でピザを取っておきました。2人でちゃんと残さず食べてくださいね。

 それと父さんへ。息子にもちゃんと食べさせてください。…前みたいに1人で全部平らげることのないように! …お願いしますね。母さんより』


 …母さんはきっと仕事先に居る。となれば急いで母さんの元に向かうしかない。

 町に銃火器を備えた動物がわんさかいる中、家を出なければならないが、この際仕方ない。母さんの無事を確認しにいくためだ!


 そう思い立ち、急いで玄関へと向かった。


 しかし内鍵も開けて、外に出ようとした寸前のところで、ふと父さんが死ぬ間際に言っていたことを思い出した。


『…ベルシュタイン…外に出るな…』


 …父さんの最後の忠告通り、やはり外に出ない方が身のためかもしれない。


 今、強引に外に出たところで、怪物にあえなく発見され、即刻ゲームオーバーとなってしまうだろう。

 現実世界はゲームの世界とは違い、ライフポイントも1つしかない。


 …コンティニューでやり直しなど効かない。


 母さんのことは心配だったが、自分が無闇に外に出たところで動物に取って食われるだけだ。

 飛んで火にいる夏の虫。自らを破滅に追い込むような真似はやめておこう。

 自分はそう思い、玄関前で踏みとどまることができた。




 一夜が明ける。父さんの言葉に従い、それからと言うものの全く外に出ることはなかった。


 昼間に現れた例の動物たちも、一通り町の人間を襲ったところで、どこか別の場所へと移動していったようだ。

 この町にまた静寂が戻った。


 しかしそれは異様な静けさだった。町は一夜にしてゴーストタウンと化してしまったのである。


 近所でベラベラと身の上話や世間話で盛り上がっていたマダムな連中の声も。

 小さな子供たちが家の近くの公園で、サッカーでキャッキャッして遊んでいる声も。

 車やスクールバスが通る音も何もなかった。

 聞こえてくるのは、町に吹きつける風の音のみ。そして死体に群がる無数のハエの羽音。

 辺り一帯、血の海だった。


 おそらく誰もいなくなったこの町に残されているのは、自分ただ1人。

 一夜にして廃墟と化してしまった町に、自分は独りで身を潜め、母さんの帰りをずっと待っていた。


 ……しかし母さんは未だに、家に帰ってきていなかった。

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