第2話 おい! このドラ息子!

 ドンドン!ドンドン!


 その音がくしくも目覚ましのアラームとなった。お昼過ぎのことである。

 ドアを叩く音がやけにうるさく、耳障りだ。

 …おかげさまで目が覚めてしまった。


 目をこすり、まぶたが重いのを感じつつ、ドアの方に目をやる。


 ドンドン!ドンドン!


「……またか…」


 この状況にデジャヴを感じた。

 おそらく父さんか母さんの片方、もしくはその両方かもしれない。


 ……我が家恒例の説教タイムがやってきた。


『いつまで家に引きこもって、ゲームをしてるんだ! いい加減ハローワークでも行ってきて、仕事を見つけてこい!』


 とこれから言われるのだろう。

 この3年の間に、何百回と数えきれないくらい繰り返してきた。


 ドンドン!ドドドドン!


 …これで通算443回目の親からの直々説教タイムである。

 443回もこの状況を繰り返した自分であったが、今日という今日は一味違っていた。


「……居留守を決め込もう…」


 今回は寝たふりをして、その場をやり過ごそうと考えていた。

 443回目を迎えるにあたって、ここにきて初めての籠城作戦だ。


 今の自分にできることはそれだけ。


 親の説得も序盤の224回目までは心に響いたものの、その後225、358、400を迎えるに従って、次第に響かなくなった。

 行動すること自体、さらに億劫になっていた。


 ドラ息子、ここに極まれりである。


「さてさて、自分はそんな親の心配をよそに、ふかふかのお布団へレッツラゴーだ」


 自分はまた布団をかぶる。今日も眠い。

 昨日もオールでロボット厳選に勤しんだためか、睡眠も十分にとったはずなのに、疲れが取れない。


「こういう時は居留守を使うのが1番だ」


 ドアがさきほどにも増して強く叩かれているのを、感じながらも自分は横になり、二度寝する。

 布団の中でスヤスヤと眠りにつき、まさに今、夢の国へ飛び立とうとしていたのだ。


 ドンドン! ドンドン! ドンドン!


「おい! ベルシュタイン! 開けてくれ! 無事なら返事してここを開けてくれ!」


 しかしそんな父さんは意地でも息子を寝かせないつもりらしい。

 ドアを壊すんじゃないかと思えるくらい、何度も何度も強く叩いていた。


「ベルシュタイン! ベルシュタイン!」


 おまけに声を張り上げ、息子の名前をひっきりなしに呼び続ける始末だ。

 近所迷惑だから是非ともやめていただきたい。


「おい! ベルシュタイン! 起きろ!」


「しつこいな~・・・。しつこすぎるよ! 父さん!」


 布団を顔まで被りつつ、父さんが立ち去ってくれるのを自分はいまかいまかと待ちわびている。


「ベルシュタイン! ベルシュタイン! 起きろぉぉぉぉ!! 起きるんだぁぁぁぁ!!」


 ドンドン! ドンドン! ドンドン!


 しかし時間が経てば経つほど、苛烈さが増していくばかりだ。


 …ここまで来ると何か妙だ。


 いつもの父さんの様子とはだいぶかけ離れている。

 …直感的に、父さんから何か言い知れぬ危機感を覚えた。


 ドアを叩く音と並行し、しゃがれた声がひたすら自分を呼び続けている。


「どうしたんだろう?なんかいつもと様子が…」


 何かあったのかもしれない。

 …こんなに慌ただしく、ノックしてくる父さんは初めてだった。


「……開けてやるか」


 そんな父さんの様子を心配に思い、籠城作戦はひとまず中断。

 自室のドアのロックを解除し、結局父さんを部屋の中へ招き入れることにした。


 ガチャ!


 さっそく鍵を開ける。


「あっ! しまった! …またやっちまった!」


 いざ鍵を開けたところで、自分はひどく後悔した。


「これって、父さんのいつもの手口じゃないか!

 なんてこった!

 父さんの口車にまんまと乗せられちまった!」


 またしても父さんを安易に部屋の中へと入れてしまった。

 しかも今回に限っては度が過ぎる!


 いつもこうだった。

 父さんの甘い言葉に言いくるめられ、自分はついつい良かれと思って、ドアを開けてしまう。

 すると父さんは常にものすごい形相で怒鳴り込んでくる。

 そして毎度『おい! このあほんだら! いつまでゲームばっかりして、ぐうたらしてるんだ!? とっとと仕事を探せ! このバカ息子!』と言われ、ボカスカ殴られてしまうのだ。


「嫌だ嫌だ!! また父さんの怒涛の説教タイムが始まっちまうぅぅぅ!」


 一度それが幕を開けると、手の付けようがない。

 そんな後悔の念に苛まれ、頭を抱えてオーマイゴットしていた自分だったが、実際に部屋に入ってきた父さんを見た瞬間、そんなバカげた考えはすっかり消え失せてしまった。


 ドアがゆっくりと開かれた先に確かに父さんはいた。


 だがそんな父さんは全身が切り裂かれ、ところどころ風穴もあけられ、血を噴いていたのであった…。

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