少年は外出を許可する ②

アーウェンは『許可はともかく帰りたい』という圧を掛けてくるロエンと、『礼儀知らずなので許可を出さなくてよい』という圧を出すカラやロエンを連れてきた兵──エブランという名だと名乗った男に挟まれ、どうしていいかわからずにオロオロと視線を動かした。

ターランド伯爵が養子にしてくれるまで、アーウェンは命令を出す方ではなく出される方──否、命令される価値すらなく、邪魔な置物のようにどこかの隅に転がされている『何か』だったため、自分の意見が優先されるなど思ってもいない。

その思考はきっと産まれてから奪われてきた尊厳そのもので、たった数ヶ月で修正されるはずもなかった。


でも──


「……アーウェン様、この者を家に帰しても良いと思いますか?」

「えっ?!」

カラがそう囁きかけると、アーウェンは弾かれたようにロエンの方に顔を向けた。

その表情はロエンが思っていたような嫌悪感ではなく、ただ不安と悲しさが混じっている。

「なっ…何だよっ……」

その不安定さを具現化したような表情にロエンも影響されたのか、生意気というより「お前の命令なんか絶対きかない」という頑なな意思の隙間を突かれたようで、目を逸らしつつも思わずヒョロけた声が漏れ出てしまった。

「……かえっちゃうの?」

「は?」

問われた意味がわからず、ロエンはキョトンと小さな『ご主人』を見つめた。

いつも折れそうなくらい細い身体を見るのが嫌で、否応なく『弱者である』ことを突き付けられるのが不快で、絶対真正面からこの貧弱なガキを見ることは避けていたのに──

「ねえ、カラ……ロ、ロエン?は……かえったら、かえってこないの?」

「………………ブハッ!」

長い沈黙が部屋を満たした後、大きな破裂音と共にエブランが吹き出し大笑いした。

「ブアッハッハッハッハ──ッ!だ、大丈夫ですよ、アーウェン様!たとえこいつが『自分の家から出たくない!』って言っても、襟首掴んでぶら下げて連れ帰りますから!」

「ほ、ほんと……?」

『襟首掴んでぶら下げる』というのがどういう状態かわからなかったが、おそらく『ちゃんと連れ帰る』という意味を何だか難しく言ったのだと思い、アーウェンはパァッと表情を明るくする。

それはもう──絶対の、『守らなくてはいけない』と魂に焼き付けられた庇護せねばならない者で、崇める者で、宝で──すごく、危険な『何か』


崇拝と危険視と、相反する感情を覚えながらロエンはスゥッと無意識にアーウェンから目を逸らし、可愛い声が「じゃ…あ……あの、いってらっしゃい」という声を聞いていた。



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