少年見習い兵は負けを知る

アーウェンの運動とは別に、カラとロエンは見習い兵と同等の訓練が始まった。

カラはアーウェンを敬わないロエンを、ロエンは領都で生まれ育ったわけでも正当なターランド伯爵家の血筋でもないアーウェンを敬うカラを、胡乱げな目付きでジロジロと睨みながら向かい合う。

訓練用の中でもひときわ軽く柔らかい材質の木剣を手にして、開始の合図とともに地面を蹴った。


──が、あっという間に決着はついた。


勝者はカラ。

地面に叩きつけられ木剣の先を突き付けられたロエンは、信じられないとでもいうようにカラを見上げる。

確かに領都の一地域でロエンは子供たちの中でも力自慢で、その集団の頭のような者だったかもしれない。

だがカラも自分が育った救貧院ではまとめ役を担う年齢を超え、表の顔である食堂で働く中で大人たちとやり合うことも多かった。

それは子供のケンカの比ではなく、命の代わりに有り金すべてを奪われた時もある。

痛む体を引きずって戻った時には更なる体罰も覚悟したが、カラを襲った者の容貌風体を店を取り締まる主人に逆に喜ばれ、めったになく丸二日も休んでいいと言われて妹たちと存分に過ごすことができた。

その後はターランド伯爵家の下働きに雇われ、何の幸運か養子となったアーウェンの側付きになって、この領都に着くまで護衛を務めてきた伯爵家の護衛兵たちに手合わせやら訓練をつけてもらっていた。

目的は単に強くなるためではなく、純粋にアーウェンを守りたい──そのためである。


だが今自分と同年代の新しい『従者』に向けた視線は冷たく鋭く、とても味方に向けるものではない。

「……今日は一段と気合が入っているな」

「ああ。アーウェン様を侮辱されたので、よほど頭に血が上っているらしい」

ふっと兵たちが笑う。

大人にしてみれば「いずれはわかる」のだが、子供は性急だ。

その結果、今地面に叩き伏せられたというわけである。

「では宣言しろ」

「うっ…うるさい!まだたった一回勝っただけじゃないか!」

「フン……往生際が悪い」

子供がケンカ負けした時の常套句である『勝負は三回戦』という意味の負け台詞を、カラは鼻で笑う。

「まあまあ、気の済むまで付き合ってやれよ」

「この手の子供は納得できるまで付き合うしかないぞ~。どっちが上か、ちゃんと教えてやれよ」

「誰が子供だ!」

兵たちが揶揄い混じりにカラをけしかけるのは、新入りよりカラの方がひとつ下ではあっても、すでに武力的にはかなり上にいっていると見ているからだ。

もちろんロエンにしてみればそんな挑発は侮辱以外の何物でもなく、却って冷静さを失って立ち上がると、合図を待たずにカラに打ちかかる。


気を失うまでカラに挑んだロエンの連敗数とそこに至るまでにかかった時間の報告を受けたラウドは、ふたりの少年の対比に思わずニヤリと唇を弓型にした。



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