伯爵は派遣を思いつく ④

少年の勢いの良さに怯えたように義父に縋りついていたアーウェンは、あっという間に連れ出されてしまったことにポカンとしていた。

素早く従者たちが動いて客人のための食器が下げられ新しいお茶やお菓子が用意されると、ラウドはポンポンとアーウェンを慰めるように頭を撫でてから、自分の茶器を手にする。

「せっかくだ、食べなさい」

「は、はい……」

さすがに王都から今までの生活を思い出せば、本当の家族から受けてきた毎日よりもずっと恵まれ、そして自分のために用意されているのだと理解できる。

理解はできるが──手を素直に伸ばせるかどうかはまた別問題だ。

『兄』だった人たちが赤ん坊だったアーウェンを世話してくれた時期も短く、その間も決して衛生的だとか責任感からというよりも『死なれたら面倒』ぐらいだろう。

本当に死ななかったのが奇跡なくらい──ターランド伯爵家でアーウェンの調査に関わった者たちが皆揃ってそう思うほど、アーウェンの環境は最悪だった。

だから誰も彼もが動きを止め、キョロキョロと怯えたように周囲を見回したり、美味しそうなケーキやクッキーを前に生唾を飲み込みソロソロと手を伸ばすのを目で追い、初めのひと口にどんな顔をするのかと息を詰める。

「美味しいかい?」

「んむ……」

まるで口を開いたら味が逃げてしまうかのように口に両手を当て、目を見開いてコクンと頷く。

それは確かに八歳の少年としては幼すぎ、人によってはとても気に障るものかもしれない。

だがそんなふうに思う者はここにはおらず、ただただ新しい『美味しい』にアーウェンが出会ったことを皆ほっこりと見守るだけだ。

「よろしい。さて……」

アーウェンが初めて食べて気に入ったものだと共通認識されているケーキを渡され、それにフォークにとって口に含む義息子を優しく撫でながら、ラウドは周囲に厳しい目を向ける。

「話は聞いていた通りだ。あの老人の息子が出奔した先を調査しろ。そこに住んでいる者たち、息子の嫁という女の来歴、また魅了された者たち……」

「はっ」

ラウドの言葉を書き留めて短く返事をした者が一礼して出て行く。

入れ替わるようにまた数名、今度は旅装した者が入ってきた。

「お前たちはファゴット商会に関わり取引のある店と商会、それと荷運びのルートを。十数年前に強殺があったという報告は受けていないな?」

「はい。そちらも含め、ここ数年に領外隣接の犯罪履歴も明らかにいたします」

「期待している」

「はっ!」

ザッと揃って敬礼し、旅装した者たちは出て行く。

誰も無駄なことは聞かない。

止めろとも言わない。

むしろ次に呼ばれるかと構えている緊張感が室内に満ち、それにつられるかのようにアーウェンの次の手が止まる。

「それから……」

キュッと口を引き結び、義父の声がかかるかと期待しているような顔のアーウェンに視線を戻し、ラウドは思わず微笑んだ。

「アーウェンはまず、用意されたお菓子をひと通り食べなさい。次にやらねばならないことは、その皿を空にしてから教えよう」

「はい…」

従者や兵たちは次々と命令を下されるが、アーウェンのやるべきことは『食べること』だと言われ、何となく釈然としない顔をしつつも、またひと口ケーキを口に入れる。

その様子に苦笑するが、ラウドはさらに指示を部下たちに出していった。



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