伯爵は派遣を思いつく ①
「だから孫はちゃんとオーガンの子供だ……しかし中には儂の商売敵が自分の子供にあることないこと吹き込みよる。確かにあいつがお前のことを気にしつつ、遠出しちまっていたのは事実だしな」
「祖父ちゃん……」
ようやくしゃくり上げも止まり、潤む涙を堪えるロエンが頭を撫で続けてくれる祖父を見上げる。
ようやく落ち着いたかとラウドが溜息をつきつつ、改めて少年の髪に目をやった。
「先ほど、お前の孫は『黒っぽい髪だ』と言ったが……」
「ええ……そ、それは……」
きまり悪げに老人は視線をうろつかせ、両手を開いたり握ったりする。
「いいんだ、祖父ちゃん……
「ロエン……」
泣きじゃくる前の勢いはどこに行ったのか、ひどく優し気な声で少年は祖父を労わるように皺だらけの手に自分の手を置いた。
「……この子の母親は、見たこともないほど黒い髪をしていたとか……大変美しい容姿で、そのせいで平民なのに貴族のボンクラ息子に目をつけられたんだと息子が言ってました。いやその男どころか、生まれ育った土地の男どももそこに立ち寄った男も気を奪われ、嫁に変な気を起こさないのは血の繋がった父親や祖父ぐらいだったとかで……」
「それではお前の息子も、そんなふうに惑わされて婚姻に至ったのではないのか?」
「それが……どういうわけか息子は初めの頃、その娘さんがあまりにもちやほやされることに違和感を持ったそうで……」
「何だと?」
「それは娘さん自身もそうだったようで……唯一、自分を女神か何かのように崇めず、『ただの女性』として接してくれる息子に悩みを相談するようになって、いつしか恋仲になったと」
「ふむ……」
『黒髪』という言葉に反応したが、デンゴーの息子だけはその娘を取り巻く状況を『異様』と捉え、そしてふたりの間に生まれた子供をあちらの祖父母は婿を殺してでも手に入れようとした──そこに何かしらアーウェンの育ってきた境遇に繋がる何かがあるかもしれない。
そこまで話して息をついたデンゴーが、やっと出されたティーカップを手に取って冷めた茶を啜るのを静かに見つめてから、ラウドは考えを口に出した。
「……どこだ?」
「は?」
単語だけでは理解できなかったデンゴーが、唇をカップから外して素朴に問い返す。
そばに寄った従者に促されるまま祖父と同じように冷めた茶を飲んでいたロエンも領主様の声にビクッとし、ジッとこちらを見る冷たい眼差しにスッと背筋を伸ばした。
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