伯爵は生い立ちを聞く ②
デンゴーの商売自体はそんなに手広くなく、自身と息子、孫の他、数人の店員の給料を払ってやるのに何とか仕事が回っているという状態だった。
まあ贅沢をしなければ破産するようなことにならないだろうが、これ以上大きくもならないだろう。
だがオーガンは残された息子に不自由な思いはさせたくないと、父親の後を継ぐことに精を出すより、他の商会で働いて商売の幅を広げようと躍起になっていた。
元より馬が合わずに家を飛び出したことや、成長する息子に亡くなってしまった妻の面影を見るのが辛かったということもあり、それこそ一度出れば数週間や数ヶ月などザラに帰って来られない行商隊などに進んで参加することに躊躇いがなかった。
「……そのせいか、近所の子供たちはともかく、親どもがロエンの出生について心無いことを言うようになって……」
「しかし確かにその子はそなたの孫で、間違いはないのだな?」
「はい。今ここにはありませんが、亡くなったという嫁との婚姻証明とこの子の出生証明を教会からもらって」
「教会から?」
いまだ滲む涙を手のひらで拭う孫を労わるデンゴーの発言に、ラウドが目を瞠った。
貴族は系譜をハッキリさせておく必要があるため、婚姻から出産、貴族学園への進学や卒業、死去、アーウェンのように養子になった際の除籍や入籍など所在を明らかにする届け出を出す。
だが平民に関してはそこまで厳格さは求められず、せいぜい出生と死去ぐらいで『死んだ届けが出ていなければ生きている』というぐらいの大雑把な把握しかされない。
勤勉な領主であれば年末の祈祷祭などで家族単位で人数確認をするが、狡賢い者は税収が減ることを厭って三年や五年に一度ぐらいしか点呼を取らないのだ。
それなのにデンゴーの息子は妻との婚姻が確立していることや、ロエンが確かにふたりの息子である証明書を取得していたという──教会にはそれなりの金を払う必要があるというのに。
「儂もどうしてそこまでせにゃならんのかと思って息子に訊いたら……嫁には婚約者がおり、それがどこぞの貴族だったと。だが嫁はその男を嫌っておったために、手出しができんようにオーガンと夫婦になったと証明しときたかったということでした」
「ほう……」
しかも用意周到なことにオーガン夫妻は『離縁禁止届』まで出し、妻の家族どころか、元婚約者とその関係者たちが婚姻を無効にできないように届け出ていた。
最初の頃こそふたりを引き離そうと強引な手段が取られそうになったらしいが、ロエンが産まれてからは妻の両親がコロリと態度を変え、オーガンに対する態度はともかく孫を囲い込もうとしていたらしい。
それを阻むためにもやはり平民では出さないロエンの出生届も出して、万が一の際にも身元をしっかりと証明する用意を整えていた。
「それだからか、嫁がはやり病で死んでしまうと孫は自分たちで育てるからお前は出て行けと……そうしなければ殺してでも奪うと相談していたのを聞いたんだと」
母親がいなくとも父親が手放さければ孫を得ることはできないが、それだって命があればの話だ。
オーガンは義実家の者たちの企みを知るとすぐに行動を起こし、嫁が倒れてから乳母代わりをしてくれた女に頼んで行商隊に話をつけてもらって荷運び仕事をもらい、オーガンが老妻と暮らしていたこのターランド領まで戻ってきたのだった。
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