伯爵は言い分を聞く ③

さすがに領主貴族の迫力には勝てなかったのか、先ほどの勢いはどこに行ったのかと思うほど大人しく──むしろ恐怖心を抱くかのように縮こまった少年は素直に祖父の横に座った。

「そなたら、名は?」

「わ、儂はファゴット……デンゴー・ファゴットと申します。こいつはひとり息子の忘れ形見で……ほれ!ちゃんと自分で挨拶せんか!」

「イテッ!……ッチ……お、俺は、ロエン…とも、もう…します……」

口ごもり、だんだんと尻すぼまりになったが、少年は何とか自分の名前を言い終える。

チラチラと上目遣いでラウドたちを伺い見てくるが、ジロジロと見られるだけで何も言われないことがいたたまれないようで、ますます俯いていく。

「ふむ……家名があるということは、町で商売でもしているのか?」

「は、はい……小さい家業ですが、木材建築商会に所属しています。おかげさんで、材木加工で雇い人を持てるようになって家名を」

「なるほど……その少年、ロエン、か……その者は?家名を名乗らなかったが、それが雇い人か?」

「ちっ、ちがっ!お、おれは祖父ちゃんのっ……」

「『祖父ちゃんの』?デンゴーが何やら言っておったが、お前自身の口からは『ロエン』という名しか聞いてはいないが?」

「クッ……ロ、ロエ…ン…ファ、ファゴット……です……祖父ちゃんの、孫…です……」

何が気に入らないのか、ラウドに問い質されて不貞腐れた顔で少年はもう一度名乗ったが、それを聞いたラウドは軽く頷いてから、改めて少年の言い分を聞くと宣言した。


だが、それは結局アーウェンという少年が突然連れてこられ、正体もわからないのにターランド伯爵家の子どもとして迎え入れられた──その幸運に対する僻みや妬みでしかなかった。


外側から見れば、ただただ『運のいい子供』でしかないだろう。

しかも領主一族の輝くような髪色とは正反対の、どこまでも黒い髪。

魔力があり、魔術が使えることがターランド伯爵家たる前提条件のはずなのに、その片鱗を皆に示すことなく、無条件に愛される存在──それが目の前にいるなんて。

母の顔を知らず、幼い頃の最初の記憶と言えば父らしき男の腕に抱かれて夜道を運ばれ、いきなり『祖父』という老人に抱き上げられた恐怖心であるロエンにしてみれば、自分と似た境遇のように見えるアーウェンが大事にされている様が憎らしい。

しかも彼の髪は魔術薬で誤魔化しているが、本来は黒に近いぐらいの茶色い髪だった。

それを栗色に染めているのは、父や祖父との髪色の差を少しでもなくして、親子であることを強調したいという親心だったが、ありのままでいてはいけないという勘違いを少年の心に刻んだのである。

なのに目の前のもらわれっ子はその髪色を染めもせず──

「そっ、そんなやつが伯爵様にもらわれるんなら!俺だっていいじゃないか!俺だって…俺だって……」

「……どう言う意味だ?」

「俺の髪色だって!ほんとは黒っぽいんだ!黒い髪の子どもが欲しいんなら!俺みたいなどこからもらわれてきたのかわかんねぇのでもいいっって……」

バシッと激しい音を立ててその頬を叩き、なおも言い募ろうとするロエンの口を閉ざさせたのは、横に座っていた老人だった。



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