伯爵夫妻はそれぞれ考える ①

それとなく、城内での新参者の評判を聞く。


特に手を煩わせるようなことはありません。

わがままひとつ言いません。

要求ひとつありません。


それなりに礼儀正しく挨拶してきます。

特に使用人室に来ることはありません。

親しくしようという素振りはありません。


ひとりで出歩くことはなく、必ず誰かに案内を頼みます。

特に用事がなければ図書室にいらっしゃいます。

軽々しく女性使用人に声をかける様子はありません。


そんなはずはない。

きっと何かを企んでいる。

明日になったら動くかも。

こんやにでもひっそりと忍び込むかも。

晩ご飯を食べた後にでも集まって良からぬ算段を立てるかも。


疑わしい。

疑わしい。

疑わしい。



自分の目で見て、耳で聞いて、間違いないと判断できるまで気を許さぬ──それがギンダーという男だった。

もちろん直接聞きに来れば、アーウェンの出自の元となったサウラス男爵家の起こりまで、あまり古くない歴史であるから全て説明してやる用意はある。

だが聞きに来ない。

まあそうだろうなと思うし、だからこそ王都へ行き領地を空ける間の留守役として、『家令代理』という役職を与えているのだ。

しかしそれにしても、あそこまで頑固にアーウェンたちを疑うのは何故だろうか──

「……本当に、ずいぶん健康になったこと」

「ん……?ああ、アーウェンか……そうだな……」

ギンダーの疑いをどう解そうと考えているラウドに、妻の嬉しそうな声が重なる。

その目は庭に繋がるガラスの扉に向けられ、さらにその先には四つの人影があった。

どういう流れでそうなったのかわからないが、ガーデンテーブルがそこに持ち出され、リグレにアーウェン、エレノアとラリティスがお茶を楽しんでいる。

給仕をしているのは食堂にいる侍女ではなく、ロフェナとカラだった。

「あらまぁ」

「どうしたんだい?」

ヴィーシャムが声を上げて視線をやった方に、ラウドもチラッと素早く見る。

「……なるほど」

そこには別の部屋の窓から庭の様子を伺うギンダーの姿があり、少しだけ視線を下にやってから踵を返すのが見えた。

監視していたわけではなく、たまたま目に入った子供たちの姿に見入り、何か感じるところがあったのかもしれない。

それを伝えに来るのかどうかはまだわからないが、リグレとともにこの城を発つまでまだ猶予があるため、今はただ見守ることにしようと決めたラウドは、王都からひと月遅れほど早馬で届く官報にまた目を落とした。



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