家庭教師は見張られていることに気付く
図書室は静かだが、室内から入れる続きの部屋には現在ひとりの男の声が響いている。
生徒はふたり。
それぞれ修練度は違うが、それでも課目によっては一からのスタートで、ちょうど今の時間がそれにあたる。
内容は子供向けに優しく解説してあるが、建国物語をベースとした歴史だった。
カラは読み書きと計算ぐらいは施設にいた教師崩れの『お母さん』のひとりから教えてもらっていたが、さすがに歴史となると教える男性教師がいなかったため、ここにきてようやく自分が生まれ育った国の成り立ちを知ることができたのである。
もっとも庶民にしてみれば商売だの傭兵だのといった職業にでもならない限りは、自国のも他国のも歴史など無駄な知識でしかなく、『太陽が沈めば夜になり、夜が明ければ朝になる』ぐらいしか天文知識がないのと同じくらい興味を持つことはない。
アーウェンに至ってはこの領地に戻る旅でクレファーという家庭教師と出会えたことが幸運であり、そこでようやく『言葉には文字があり、文字があれば言葉が作れる』というレベルからの勉強をようやく始めることができ、与えられるべきだった知識をものすごい勢いで吸収しているのだ。
それでも足りない。
まだまだ足りない。
何せクレファーに与えられたのは、アーウェンが十歳になるまでの二年間。
それまでに同年代が身に付けていて当然の学習と、可能ならばそれ以上のものを獲得させねばならないのだ。
気は焦るが、何せ基礎中の基礎もできていないのだから、丁寧かつ迅速に授業を進めねばならない。
──のだが。
(何故、あの家令代理という人は、我々を胡散臭そうな目で見ているのか)
バレていないと思っているのか、図書室とこちらを仕切る扉が薄く開き、チラチラとギンダーの着ている服の裾や髪が揺れて覗いているのが、クレファーからはよく見える。
言ってはなんだが衰えている視力を補うための眼鏡はかなり性能が良く、人影ぐらい離れた距離でも見分けがつくのだ。
まさか自分が付けている物がどういう物かわからないため、近くを見るための物としか思われていないのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
恐らくアーウェンとカラは王都からやってきて、そして自分はガブス共和国出身の祖母から受け継いだ異国風の容貌を持っていて、きっと得体のしれない者として認識されているのだろう。
しかしそんなに疑わしいのならば、ここにいる自分たちに直接聞くか、自分の主人であるターランド伯爵に身元を確認すればいいのにと思うが、貴族的な礼儀作法だとか思慮だとか、平民の自分にはまったくわからない考えで行動しているのかもしれない。
とにかくあちらから接触してこないため、とりあえずクレファーは無視を決め込んで歴史書のページをめくった。
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