少年は義家族と料理をする ①
夢だ。
これは、きっと夢。
水は冷たいが、痺れるほどではない。
艶々のリンゴが大きな木桶に浮かんでいる。
瑞々しい香りがその水に沁み込んでいるみたいだ。
手と手が触れる。
もっと大きい手も触れる。
布巾が手渡され、キュッと音を立てて水気を拭き取る。
ひとつが終われば、次のリンゴを水から掬い上げて、また綺麗に拭く。
大きい手がリンゴを受けとる。
乾いた籠にリンゴが盛られていく。
そしてまた減っていく。
「いい出来だな」
「はい、旦那様。ただ夏リンゴがこんなにいい出来ですから、逆に秋リンゴは期待できないだろうと……むしろ秋の物は冬期間の飼料にして春の出産や食肉用に利用すればさらに益が上がると、果樹園主たちは言ってますが」
「なるほど……」
ラウドが話すのは、本邸からやってきた厨房で働く使用人ではなく、リンゴだけでなく様々な野菜や果物を持ってきた繋ぎ服を着た年配の男である。
優しそうとはとても言えない厳つい顔は日に焼けて皺だらけで、室内に入っても被ったままの麦藁帽子の下から伸びる白髪は艶が無くて何だか怖い。
「お腹が空いたならどうぞガブッといっちゃってくださいな、坊ちゃんがた。蜜の多い貯蔵物じゃないが、夏リンゴ特有の酸味と甘味が良いぐあいで、爽やかさはピカイチですぜ!」
「ヒゥッ」
突然子供たちの方に腰を屈め、歯を剥きだして笑いかけてきたのに驚き、アーウェンは喉の奥で悲鳴を上げて手にしていたリンゴを桶の中に落としてしまった。
普通は男性ばかりの厨房であるが、ターランド伯爵家では才能さえあれば下級使用人に限っては男女の区別がないため、今ヴィーシャムとエレノアのそばには女性の料理人がついて、その補佐をしていた。
だが幼いエレノアにはあまり手伝えることはない。
小さすぎて包丁を持たせるのに皆躊躇い、体温の高い幼児にパイの生地を練るのは難しい。
だから今は母のために粉を振るっている。
小麦粉、塩、砂糖、小麦粉、塩、砂糖、小麦粉──
何故だか髪も顔も服もいつの間にか白くなっているが、本人は楽しそうだ。
夢中になっている最中に小さな叫び声が聞こえた気がして、一瞬気を取られたように父の方を向いたが、床に座ってリンゴを洗い拭いている兄ふたりの姿は見えず、それ以上声が聞こえなかったためにまた自分に与えられた役目に戻る。
「おかあしゃま!まじゃりました!」
グルグルと大きめのスプーンで混ぜた粉が入っているボウルを思いっきり持ち上げたが、その勢いが激しくて、エレノアの頭にその粉がバサッとふりかかってまた一層白い幼女が出来上がった。
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