伯爵夫人は過去を話す ①
そんなアーウェンをどうしていいのか──リグレにはわからず、キュッと手を握ってやることくらいしかできない。
だがその時、ふわりと風が動き、タンッと小さな足音が床を叩く。
「おかぁしゃま!のあもおりょーりできましゅか?」
「あらあらまぁ……ノアは料理に興味があるのかしら?そうねぇ……火を使ったり、刃物を持たせるのはまだ早いと思うけど、何か作れる物を厨房の人と相談しましょう」
「あいっ!」
「え?は、母上?」
アーウェンが行きたくないと足が竦んでしまったその場所へ、エレノアは躊躇わずに足を踏み入れ、続く母も何か嬉しそうに厨房を見回している。
「あら?何かしら、リグレ?」
「あ…あの……は、母上が…母上……は、料理……?え??で、できる……」
「できますよ。あなたの祖母と共にターランド家の離れに住んでいた時は、使用人も最低限でしたからね。わたくしがパンを焼いて、母様がテーブルを整え、侍女頭のジェーリーがデザートを作り……スープやメイン料理は厨房の者が作ってくれたけれど。いつもではなかったけれど、皆でそうやって手を取り合って暮らしていたのですよ」
「……そ、そうだったのか……私の目が届かず……苦労させてしまったな」
「あら、いやだ。お話するつもりはありませんでしたのに」
ふふっとヴィーシャムは微笑んだが、何故か父が苦しそうな顔でそっと寄り添う。
リグレはその意味が解らず、アーウェンと手を繋いだまま、その様子をキョトンと見つめるしかなかった。
魔力が強く、感情や気持ちが高揚せずとも勝手に溢れてしまうヴィーシャムは、母や産まれたばかりの妹を傷つけないようにと、できるだけ離れて暮らしていた。
日によって、月の影響によって、天気のせいで、あるいは何もなくても魔力が暴走し、それを押さえるのにも彼女を越える魔力の持ち主はおらず、ただゆっくりと治まるのを待つしかない。
いっそ、いなくなってしまえば──
そう思ったこともあったが、『ターランド伯爵家次期当主の婚約者』という立場が自死を許さない契約となっており、そのためだと言っても過言ではない封印の部屋の中で、ヴィーシャムはひとり泣いていた。
ようやく力が放出され尽くし、自分の放つ冷魔法に凍える幼い令嬢を温い湯で温めるのは、いつでも母専属の侍女であったジャーニーであり、ターランド伯爵家にヴィーシャムを助けてほしいと願い出たのも彼女だったのである。
「姫様が死にそうなのです!お願いします!お助けくださいませ……」
そんな直訴があるまで当時のターランド伯爵当主──リグレの祖父は、ただヴィーシャムを『魔力が今代一の持ち主で、次期当主にふさわしい力量の令嬢』としか認識していなかった。
だからヴィーシャムが産まれた時から自身が凍死するほどの冷魔法を無意識に垂れ流していたと聞いた瞬間に婚約を結んだのだが、万が一の魔力暴走防止部屋がその令嬢の自室にされていると聞き、それまでただその存在を確保していただけで放置していたことを後悔した。
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