少年は「嫌だったこと」を咀嚼する ②

元気がなくなってしまったアーウェンをリグレが気遣い、父から離れて義弟と手を繋いだ。

「おにいさま……?」

わだかまりが完全に溶けた──つもりであったが、リグレの中にモヤッとした気持ちが湧き上がる。

そんな自分に罪悪感を感じて思わずアーウェンの手を取ったのだが、やはりその細さと頼りなさにギクッと強張ってしまう。

「……どうして?楽しくない?」

「たの…しい……」

王都の邸でも貴族学園でも、特に高位貴族の子息であれば厨房に足を踏み入れることなど、生涯のうちにどれほどあるだろうか。

それがこの小屋では実際に下拵えをしたり調理しているところも見ることができるのだ。

これを『楽しい』と言わずしてどうするのか──そう思うのに、アーウェンの顔は曇るなどという言葉が軽く思えてしまうほど恐怖の色に染まっていた。



アーウェンにとって『厨房』とは、居場所のなかったサウラス男爵の家の中でも何とか『存在していい場所』だった。

幼すぎてせいぜいが野菜の水洗いぐらいしかできない頃から──むしろそれすら満足にできないと家政婦にバカにされていたが、もしそれが実子であれば決してそんなことを言わなかったはずである。

あの頃も今もアーウェンにはあの状態がおかしかったという認識はできていないが、だがターランド伯爵家に引きとられてから環境が変わったのはわかっていて、きっと今の方が「「いいのだ」というのは本能的に理解していた。


だからこそ──あちら・・・に行ったら、また泣きたくなるような言い方で『出来損ない』と呼ばれるのではないかと、知らずに恐怖してしまう。


だったら。

「たのしい…です」

たぶん、楽しまないといけない。

『楽しくない』『気持ちが悪い』と思うのはいけないこと・・・・・・なのだと、飲み込むのがいいのだ。

それが、正しいのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る