伯爵は過去に翻弄される ①
エレノアはよく泣く大人に離れているのか、アーウェンと纏めて抱きしめられても慌てることなく、その小さな手で頭をポンポンと叩くように撫でている。
「いた~いの、いた~いの、とんで~けぇ~」
その歌うような慰め方が夢で見たエレノアとそっくりで、アーウェンは驚いて義妹を見つめてしまった。
「あぅ?」
「ノ……ア………」
それ以上は言葉にできず、アーウェンはログナスの胸に顔を隠すようにして、また一緒に泣いた。
別れ難く、しかし時は歩を止めず。
先を急ぐ馬車の隊列が動き出すと、ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン伯爵とジェナリー夫人は揃って一礼し、それから大きく手を振って見送ってくれた。
そのふたりに手を振り返すアーウェンはラウドの膝には乗らず、ひとりでしっかりと座席に収まっている。
「じゃあ……次の滞在する町に着くまでまだ日にちがある。アーウェンの見た夢というのを聞かせてくれるかな?追いかけられて……?」
「はい……」
言い淀んだのは話しづらいということではなく、印象がぼやけてしまった夢をハッキリと思い出すためだとわかって、ラウドは急かすことはしなかった。
普通なら忘れてしまって当然なのに、アーウェンが話す夢の内容はかなり鮮明で、逆に作り話と疑ってしまうかもしれない。
そうならなかったのは、先に妻から聞いた『悪夢が心地よい夢に変わった』という言葉と、なぜそうなったかという夢の内容を詳しく聞いていたからだった。
「……なるほど。だが、小さかったお前を追いかけるように話しかけていた者は、その夢には出てこなかったんだね?」
「うん…あ、は、はい……声だけ、で……えぇと……たくさん言われて、それから『お前は……』えぇっと……?」
「繰り返さなくていいよ……それはお前が口に出してはいけない言葉だった。お前の心を傷つけるために、その見えない『誰か』が一番酷い言葉を使ったのだから」
「そう……なんですか……?」
義父に軽く指を当てられて黙ったアーウェンを慈しむように見ながら、ラウドは諭した。
「心の傷を癒すのに、その時と同じ状態を作り出し、それを拒否するという治療法もあると聞くが……それはお前には向かないと、父は思う。とりあえず今は記録のために話してもらっているだけだから、無理に繰り返さなくていい」
「え……でも……ぼ、ぼく……は……いては……いけ、な……い……?」
さっきまではあんなに元気だったのに、その言葉を呟いたアーウェンは突然泡状の涎を口から零し、ぐるりと白目を剥いて倒れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます