少年は取り引きされる ①

話は一週間前に遡る──


ターランド伯爵家に呼び出されたアーウェンの父は、二代前のターランド伯爵当主の二番目の妹が婿養子をもらって分家し、母方の中でも断絶していたサウラスの姓を名乗ることで男爵位をもらった末裔だ。

アーウェンの祖父となった男は兵士としては役に立っても領地経営に才能はなく、父も顔はいいのに見合うだけの教育を受けることができずに、かといって剣の道にも進めるほどの才能もなかったため、領地は廃れる一方だった。


それを多少でも立て直したのが母であり、母の実家の騎士爵を持つキャステ家である。

今は十五歳の次男と十三歳の三男がそれぞれキャステ家の伝手で奉公に出ているが、実家にはほぼ帰っていない。

それはせっかく働いて得た給金の大半を父親がふらりとやってきて奪っていくのを知った祖父が、それぞれの帰宅を禁じて奪われていた給金をそのままそっくり貯蓄したためだったが、ふたりとも喜んで祖父の言いつけに従っている。

そうして息子から搾取することもできなくなった故にさらに貧困に陥った男爵家の末子であるアーウェンは本来であれば同じ男爵家か子爵家に婿入りするか一代限りの騎士爵を得て独り立ちするか──とにかく穀潰しではいられない立場であったが、父親であるジェニグス・ターラ・サウラス男爵は何故かアーウェンの存在を隠し続けた。

しかし生まれてきて以来ほぼ家の外に出したこともないはずなのに、一族の筆頭であるターランド伯爵家から、『末子を養子に寄こすように』という居丈高さを含めた文書を寄こしてきたのである。

「ターランド伯爵閣下……確かに我がサウレス家はかつて血筋を共にするとはいえ二代前から袂を分かち、しかも一族の中では末席にあたる。しかし先々代から小さいながらも村を含む丘陵を領地として分けていただき、伯爵家とは比べられずとも多少は自立できているため、今回のような申し出をいただく謂れはない」

金はないのに見栄っ張りなジェニグス・ターラ・サウラス男爵は、たいして経営に関わっていない村の内情も知らずに、要望を通さないと胸を張った。

「ふむ……だがその領地経営は長男夫婦が行い、下の四人の弟たちと分けるほどの財産ではないのでは?」

「そ、それは……」

伯爵の申し出は『末子を養子に』というが、結局は金の力で息子の一人を寄こせと言っているようなものであり、世間体を考えなければ渡りに船といったところである。

ではあるが──己の父同様、金儲けより消費の方が得意だった自分もこの王都で何かしら商売をするわけでも王宮に勤めるわけではないため、男爵家で財産と呼べるものは領地から得られる収益のみであり、奉公に出ている息子たちの給金も手にできない現在は長男に仕送り催促の手紙を出すのも苦しい。

王都を離れて領地を治める十八歳の長男とその嫁の計画が上手くいって領民の暮らしもやや改善されているが、万が一その長男夫婦の身に何かあった時に王都を離れて領地に戻り、わざわざ自分で領地経営を行うなど考えたくもない──

「二人の息子さんはまだ未成年だというのに、それぞれ夫人の実家であるキャステ家の伝手を使って奉公に出て、大商会や南の港町にある貿易船商会で頭角を現わしていると聞く。ゆくゆくは後継者なり片腕になるように大商会長の家に婿入りさせるつもりだとか?だが、四男は十になるのに病弱で王都の学院に通うのは難しく、家庭教師ガヴァメントをつけることすらせずに屋敷に籠っておるらしいではないか?」

「どうして……」

「それに長男も末より四男を気にかけていると聞く。両親も忙しいのに兄たちにすら構われず、遊ぶ相手が領地に行った時だけ村に訓練派遣された騎士というのは……血縁関係にある我がターランド家としても外聞的にも良いとは言えない」

「はっ……」

伯爵が報告書を手にして述べる言葉に返す言葉もなく、サウレス男爵は言葉に詰まりこうべを垂れる。

詳しく調べられすぎていた。

サウラス男爵にとって病弱で自室で臥せている四男が一番お気に入りで、優先順位的に財を産む跡取りの長男の次に次男と三男が重要で、食うばかりで何の生産性もない末子など知ったことではない──などと口に出しても言えないが、王都の男爵邸にいる間はけっして表に出さないその存在を何故知っているのか。

「しかし、末の息子はまだ五歳にしてすでに太刀筋が良いと聞く。我が伯爵家は武より知……いや、どちらかといえば魔力によって王家に仕える。しかし武勲で身を立てさせるのならば、辺境公爵家に伝手もあるゆえ、伯爵家の騎士として鍛えてもらう末を計画している。そちらにとっても悪い話ではないと思うが?」

次男と三男については義理の父によって搾取ができなくなっているが、末子であるアーウェンをこのターランド伯爵に売り飛ばし、さらに成長の暁に騎士爵でも得たら男爵家に出戻らせてその俸禄を取り上げればよい──そのように頭の中で算段を立てるサウラス男爵のその顔は卑しかった。



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