少年は取り引きされる ②

しかもターランド伯爵の言う辺境公爵といえば王家から臣下降籍した家系であるが、当代伯爵がまだ爵子の頃に文官を務めていた頃に、同時期に近衛兵として王宮にいた辺境公爵の息子と知己を得たということぐらいは聞いていた。

何の伝手もない男爵家から功を勝ち取り一代限りとはいえ騎士爵を得るには最低でも王都に勤める近衛兵の試験に受かり続けて上官位に昇り詰めねばならないが、途絶えてしまった男爵の名をいただいたとはいえ復興してたった三代の歴史のない新興男爵の末子では王宮に入るだけの勉学を修める術はなく、自領の村警備がせいぜいだろう。

しかし男爵としてはアーウェンを兵として鍛えることも学校に通わせてやるつもりもなく、家の外に出すつもりはない。

だから断ろうと申し訳なさそうな表情を作って顔を上げようとしたところを、ターランド伯爵が狙いすまして爆弾を落とした。

「……サウラス男爵が預かる領村に、産まれたばかりの女児がいると聞く」

「なっ…何故……」

アーウェンをターランド伯爵家に売ることで得られる金も欲しいが、下男の代わりにこれからもアーウェンを手元に置くことの方が便利と判断したサウラス男爵は、ターランド伯爵がさりげなく言ったその言葉に思わずビクッと肩を震わせて上げかけた顔を引き攣らせてまた項垂れた。



正妻だけでなく側妻や愛妾を得ることは、高位貴族ならば後継ぎや血族を途絶えさせぬために、ないわけではない。

だが王都で困窮するサウレス男爵家にそんな余裕があるわけではなく、ただ目についた美しく若い村娘に欲情を覚えて手を出したに過ぎなかった。

領村の男爵邸でメイドをしていたその娘には想い合う相手がいたわけではなく、見た目がよく身分も年齢も上の相手に身を任せることで得られる給金以外のわずかな小遣い程度の臨時金に対して、まったく罪悪感をもたなかった。

計算違いは、男爵としては手違いで、娘としては当然の結果として妊娠したことである。

しかもその事実を領主の実子である若夫婦に告げることを禁じられ、出産までの半年間を屋敷の離れに囲われて隠された上、産褥熱で生後一ヶ月にも満たない赤ん坊を残して若いメイドは亡くなった。

身持ちに対する軽さはともかく、時々ふらりとお忍びでやってくる領主以外の男と遊ぶわけでもなく、仕事仲間へ偉そうな態度を取ることもなく、逆にもらった金でお菓子を買ってきて他のメイドたちと共に食べるなど愛想が良かったためか、娘の遺児は使用人たちがこっそりと面倒を看ていた。

だが経緯が経緯だけにこのままサウレス夫人には打ち明けずに捨て置こうとしたその女児のことを、なぜ伯爵は知っているのか──

「血が繋がっているとはいえ、まさか使用人の娘を養子として迎え入れるわけにもいくまい。実子たちにも尊敬する父・・・・・の、母への不義理を知らせたくはなかろう?」

しかも後継者どころか実子すらいない高位貴族ではなく、末端の男爵家──本来ならば孤児院に預けられる存在である。

それを男爵としては多すぎる息子の末子を養子にやり、偶然とはいえ産まれてしまった婚外子である娘が男爵家に入る──何の違いがあろうか。

とはいえターランド伯爵が掴んでいる情報では、領村内ではともかく、王都でその女児をまともに育てられるとは思えない。

故に──

「むろん我がターランド伯爵家としても、サウラス男爵家としてその娘が身を立てられるよう、多少なりとの援助も考えている」

その言葉は悪魔のような魅力的な囁きだったかもしれない。

まともな教育は長男だけに受けさせたが、次男と三男はほぼ初等の読み書きができるぐらいの頃に妻の実家頼りで奉公へと放り出したサウラス男爵としては、末子が男から女に変わるだけで金が入るなら願ったりかなったりである。

「……よろしくお願いいたします」

散々頭の中で金勘定をしたに違いないサウラス男爵は、本来捨てるつもりだった『娘』が息子よりも長く『ターランド伯爵家からの援助』という名の金蔓になったことを喜ぶ笑顔を見せて、ようやく養子縁組を承諾した。



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