第3話 開道の儀


 ——小鳥のさえずりが聞こえる。窓から差し込む日の光が瞼に当たり、目を開けるのがつらい。転生2日目の朝を迎えたようだ。フカフカなベッドのせいで起き上がる気力がないが、誰かに呼ばれている気がする。


「……さん、……トさん、……タクトさん!起きてください!」


 ミーアの声だった。オレの体をガンガンゆすってる。土日の朝ぐらいゆっくり寝かせて欲しい……異世界だから曜日は関係ないが、そう思ってしまうほど心地よい眠りだった。


「タクトさん!時間がないんです!早く起きてください!」


 なぜか慌てているミーア。もう少し寝かせてくれとワガママを言ってみた。


「もぉーーー!」


 呆れて引き下がるかと思いきや、目の前には見覚えのある光景が……そう、ベッドに横たわるオレの上にミーアが馬乗りになったのもつかの間、上に覆いかぶさるように抱きついてきたのだ。キス顔とともに。


「朝っぱらから何してんだー!」




~~~~~~




 ——賑やかな音で目を覚ます。商人の声、通行人の足音、馬車が通り過ぎる音。その奥には大きな城がそびえ建っている。


「お目覚めになったようですね。」


「この展開、どうにかならない?」


「タクトさんがお寝坊さんだからいけないんですよ。」


 ミーアは見た目に反して意外と頑固な性格のようだ。ひとまず転移のことは置いといて、ここに連れてきた理由を聞いてみた……が、微笑むだけで何も答えないミーア。黙ってついてこいってか。




~~~~~~




 ——だいぶ歩いたな。さっきまで遠くに見えた城がもう目の前まで近づいている。


「お待たせしました。ここが目的地です!」


 なんか嫌な予感しかしないんだが……ミーアはそんなのお構いなしって感じだ。


「……で、ここで何をするの?」


 率直な疑問である。


「もちろん、入学するんですよ!軍立アカデミーに!」


「ふぇ?」


 入学? 軍立アカデミー? 意味が分からん。


「それではいざ!参りましょう!」


 意気込むミーアに背中を押され、半ば強制的に城門をくぐった。




~~~~~~




「整列!!」


 怒号が耳に突き刺さる。


「俺は教官の『ギグ』だ! これより貴様らは大講堂に入ったのち、『開道の儀(かいどうのぎ)』に参加してもらう! 質問は一切受け付けない! 以上!!」


「だそうです。」


「だそうです。……じゃないよ! なんでこんなことになってんだよ!」


 いつの間にかオレはアカデミーに入学する一団の中にいた。ミーアのせいで。


「実は私、もともと今日このアカデミーに入学予定だったんです。……でも昨日、偶然タクトさんに出会って、もしかするとタクトさんは昔ベルク家に力を貸して下さった勇者様のご子息なのかもって思って。だから……すみません。」


「それはそうかもだけど、それとオレのアカデミー入学に何の関係があるの?」


「はい……『開道の儀』です。」


 さっきの教官が言ってたやつのことか。


「このアカデミーは、バロムント王国の魔導騎士団が統括していて、魔導騎士団に入団したい者や戦闘のスキルや知識を身につけたい者、正式職に就きたい者達が各地から集まります。そしてアカデミー入学者に対して行われるのが『開道の儀』という職業決定の儀式です。」


 つまりオレが過去の勇者と関係していると仮定したミーアは、この『開道の儀』でその答え合わせをしようとしたってことか。別にいいんだが、ちゃんと事前に説明くらいしてほしいものだ。


「もちろん私も『開道の儀』を受けますので、タクトさんも……」


 そんな上目遣いをされたら、どんな男も「はい」と言ってしまいそうだがオレは違う。そんなことで流されるような人間ではない。


「ダメ……でしょうか?」




「もちろん受けます!」 (……おい。)




~~~~~~




 ——大講堂と聞いてもっと大きな空間を想像していたが、それほど大きな講堂ではなかった。正面に祭壇のようなものがあり、それに向かって長椅子が並んでいる。


「それではこれより、『開道の儀』を始めます。名前を呼ばれた者は前に。」


 進行を務める綺麗な女性、ミーアとは違う美しさがある。


 よく見ると祭壇の奥には子供がいた。祭壇に向かって手をかざし、ブツブツと呪文か何かを唱えているように見える。名前を呼ばれた者は祭壇を挟むように子供と向かい合い祭壇に手をかざし始めると、ものの30秒ほどで次の人の名前が呼ばれた。


「あれだけ?」


「そうです。あの祭壇は『真実の眼』と呼ばれるもので、その奥にいらっしゃるのが神官の『アネ様』です。彼女の聖魔法と、手をかざす者の波動が『真実の眼』で交わったとき、その者の適正職が決定するんです。時間はそれほど要しません。」


「あれで神官かよ!」


 予想外過ぎて思わず声を出してしまった。


「あまり大きな声を出さないでください! 怒られますよ! 」


 そんなやり取りをしていると、歓声とどよめきの混ざった声が聞こえた。 


「勇者が出たぞー!」


 え。マジかよ。それはオレに来る展開だろ。隣からものすごい視線を感じるが、怖くてミーアの顔を見られない。ハズレ転生野郎とか言われたらどうしよう。泣くぞ。


「タクトさん、まだ分かりませんよ。農民や剣士が複数出るように、職種ごとに数に限りがあるというわけではありません。確率は低いかもしれませんが、理論上はまだ可能性があります!」


 なんだろう、慰められているにしろ勇気づけられているにしろ微妙な気分だ。しかし、ここでオレがどうこうしようが何も変わらないだろう。こうなれば、腹を括って臨のぞむしかない。


「次……ヒノモト・タクト」


 いよいよオレの番がやってきた。なんか緊張してきたぞ。しかし、何が何でも勇者を勝ち取らなければミーアに合わせる顔がない。オレは手のひらに何度も『勇者』と書いて飲み込んだ。


 祭壇の前に到着した。目の前には子ども……じゃなくて神官の『アネ』がいる。近くで見るとホントに子供にしか見えない……小さすぎる。唯一の違和感は、彼女の瞳からは生気が感じられないこと……か。


「手を……」


 祭壇を見つめたままのアネは、視線を合わせることなく声だけで注意してきた。


 さーせん。頭の中でそうつぶやきながら『真実の眼』に手をかざす。(勇者勇者勇者勇者勇者勇者……)頭の中は、勇者が出て欲しいという願望で埋め尽くされていた。


 待っている時には気づかなかったが、祭壇には水晶玉のようなものが置かれていた。金属の台座に固定されているように見える。水晶玉の中は、まるで夜空をそのまま水晶に閉じ込めたように……光を放ちながら模様が変わっていくのが分かる。


 『真実の眼』に見とれていたが、ふとあることに気づく。そう、なかなか儀式が終わらないのだ。……というかそもそもどーやってジョブが分かるんだ? アネから教えてもらえるとか、『真実の眼』に映し出されるとかか? ちゃんとミーアに聞いておくべきだった。


「うわっ!」


 急に『真実の眼』が光りだし、目の前に文字のようなものが浮かび上がってきた。ってか……読めねぇ!!


「……ゆ」


 不意にアネ様が言葉を発した。


「ゆ……?」


 (『ゆ』から始まるジョブといえば、そりゃ『勇者』でしょ! いやまてよ? 『弓使い』の可能性もあるのか。この流れで弓使いは無いわー。無い無い無い。マジでお願い! 『勇者』こい!! )




 ——オレの期待とは裏腹に、アネ様の言葉は予想外のものだった。






「ゆ、ゆ……、由々ゆゆしき事態じゃ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る