第2話 「転生」と「テンセー」

 気がつくとオレは木に寄りかかるように座っていた。森で魔物に襲われそうになってローブを羽織った女性とキスをしたようなしてないような……肝心なところの記憶が曖昧なのは悔くやしい限りだ。



「お目覚めになったようですね?」


 優しい声が聞こえたほうを見ると、ローブの美女が歩み寄ってきていた。


「もう火の玉は勘弁してくれ。」

 一応助けられた形ではあるが、散々な目に遭あったので皮肉を言ってしまった。


「申し訳ありません! まさかあんなところにいきなり人が現れるとは思いもしなかったんです。」


 彼女の話によると、魔物討伐の為に森の入り口まで来たところ、いきなり魔物と遭遇してしまい、火の玉を放った瞬間にオレが突然現れたらしい。危うく丸焦げになるところだったようだ。


「オレの名は『タクト』、形はどうあれ助けてくれてありがとう。」


 あえて苗字を省略したのは、苗字なんてなくても異世界ではやっていけることが分かっているからだ。転生モノ上級者のたしなみとも言える。


「こちらこそ、怖い思いをさせてしまい申し訳ありません。私は『ミーア』と申します。」


 やっぱり可愛い……改めてそう思った。


「『ミーア』……ヨロシク! ちなみにあの後どうなったの? 抱きしめあってキスする直前までは記憶があるんだけど……」


 ミーアは頬を赤らめながら恥ずかしそうにモジモジしだした。


「すみません。あれは略式の転移魔法です。正式な転移魔法なら詠唱さえすれば、あのようなことをしなくても複数人で転移することが可能なんですが、先ほどは詠唱の時間がなかったので……申し訳ありませんでした!」


 うん、むしろウェルカムなんだが……まぁ、そんなことよりまずは色々と状況を把握しないとな。


「全然大丈夫!ちなみに、ここはなんて王国? オレ、転生しちゃったというか記憶喪失というか……とりあえずこの世界のこと何も知らなくて……」


「え!? 今何とおっしゃいましたか!?」

 突然目を大きくして詰め寄るミーア。


「何って、記憶喪失……」


「その前です!」

 丁寧ながらも強い口調のミーア。


「転生……?」


「ちょっとついてきてください!」

 そういうとミーアはオレの腕をつかんで歩き出す。目的地はどうやら目の前にある大きな館のようだ。




~~~~~~




 ——綺麗な装飾の施してある木製の大きな扉が開く。


 外から見てもかなり大きな洋館だったが、中に入るとさらに大きく見えた。屋内に入ったせいか、オレの腕をつかむミーアの手が少し緩む。


「あのー、それで?」


 さすがにここに連れてこられた理由くらいは聞きたい。


「あ、すみません! ビックリしてつい。」


 ビックリしたのはこっちだよ……とツッコみたくなったものの、ミーアが落ち着いたから良しとしよう。


 ホッとしたのもつかの間、ミーアが突然大声を出した。『じぃ』と連呼している。おじいさんに紹介するつもりか? と考えていると、本当にじーさんらしき白髪の男が現れた。


「お待たせしました、当主様。」


「もぉ! その呼び方はやめてって言ってるでしょ!」


「申し訳ございません。客人がおられるようでしたので。」


 当主!?……ミーアが!? 一瞬耳を疑ったが、目の前の2人は当たり前のように会話をしている。「じぃ」と呼ばれているのはどうやら執事のようだ。


「タクトさん、こちらは執事の『ハド』です。」


「どうぞお見知り置きを。」

 深々と頭を下げるハドさん。オレを見つめるその目からは、何の感情も読み取れない。というか、目が開いているのかすら分からない。ある意味プロの執事って感じがした。


「じぃ!以前私に話してくれた『テンセー』のこと詳しく聞かせて!このタクトさん、『テンセー』の人かもしれないの!」


「なんと!」

 ハドは目を大きく見開いた。


「2人は転生について何か知ってるの?」


「ふむ、立ち話もなんですので応接間へ。ミーア様、宜しいでしょうか?」

 ミーアが承諾すると執事の案内の元、3人は応接間へと足を進めた。




~~~~~~




 ――これまた広い応接間だ。貴族が晩餐の時に使う部屋、まさにそういうイメージにぴったりだ。3人が着席したところでハドが話を切り出す。


「こちらのミーア様は、バロムント王国の第4軍長『ドルト・ベルク様』の3女であり、ベルク家の分家としてこの地一帯を治められております。」


「今でこそベルク家は、王国が抱える5つの魔導騎士団のなかの第4軍を統べる名門と呼ばれるようになりましたが、150年前はそうではなかったのです。」


 そこに転生が絡んでくるということなのか?


「当時、王国では魔族との大きな戦闘が日夜繰り返されておりましたが、ベルク家は魔導騎士団のなかの分団長という小さい肩書を持つだけにございました。本家としては何が何でも大きな戦果を上げたいという思いから、本家・分家の垣根を越えて戦力を確保しました。分家から参戦した『アーデ様』は、その戦いで奮迅の働きを見せ、結果としてベルク家が躍進したのです。」


「じぃ、前置きが長いです。」


「それと転生にどういう関係が?」

 オレもミーアと同じ気持ちだった。話すときはまず結論から言ってほしいものだ。


「ここからが本題です。そのアーデ様の配下に『勇者』と呼ばれる男がいたそうです。士族出身でもなければ、地方で名を馳せた訳でもない。唯一分かっているのは、『テンセーの地』からやってきたということのみ。」


 なるほど、話が見えてきた。その勇者も転生者だったわけか。ってか『テンセーの地』ってなんだよ。もっとマシな設定思いつかなかったのか?


「私の先祖は代々ベルク家の執事をやらせていただいておりますが、集められた情報は『勇者』と『テンセーの地』の2つだけでした。」


「先ほどタクトさんが『テンセー』とおっしゃったので、その勇者様と何か関係があるのかと思いここにお連れしてしまいました。」


 ミーアが申し訳なさそうに俯く。


 その勇者はオレと同じように転生してきた。しかしそれを周囲に理解してもらうつもりはなく、転生について多くは語らなかった。その結果、転生(テンセー)の音だけが世に流れてしまった。そんなところだろう……と想像を巡らせた。


「おそらく、オレもその勇者と同じ境遇かもしれないな。この世界のことや戦い方はもちろん、誰かと戦えるほど自分が強いのかどうかも分からないけど、この世界とは別の世界で生きていた記憶があるのは確かなんだ。」


 2人が驚きのあまり硬直している。そりゃそうだよな、そんなこと急に「はいそうですか」と受け入れられるわけがない。自分で言い出しておきながら恥ずかしくなり、その場を立ち去ろうと席を立った。


「お待ちください!」


 突然叫ぶミーアの声に、オレもハドも驚いた。


「明日、1日だけで良いので、私にお付き合い頂けませんか?」


「ミーア様、明日と仰いますと……まさか!?」


 驚いた様子のハドと、不敵な笑みを浮かべるミーア。彼女が何を考えているのか、ハドが驚いている理由は何なのか全く分からない。この後待ち構える展開など露知らず、オレは2つ返事をしてしまった。


「わ、分かった……」

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